第9話 ピザの注文増やしてください!

「ネットで調べてたサークル以外も結構あるのな」

「まぁ、小さなサークルもあるからねぇ」


昨日、学校内でサークル・コスモスを探していたときに、各ブースはひととおり目にしていた。


しかし、文字通り目に入っていただけで、吟味する余裕などなかったから、こうして一つ一つのブースを見ていくと、結構新鮮だ。


とはいえ、楽しめるという感じでもない。


「うわぁ可愛いな、あの子」

「ありえないくらい美人だよなぁ、でも彼氏持ちみたいだぞ」

「いやいや、横のアイツ、別にいけてないし。あのレベルなら奪えるんじゃね?」


青葉の可愛いを体現したようなその容姿は、俺がいたところで人を惹きつけるし、よこしまな視線もかなりの数向けられて、ぐさぐさと突き刺さってくる。


「さっき見たお菓子作りサークルでもらったクッキー、美味しいよ。食べる?」


まぁ、その視線を浴びている本人はそんなことお構いなしに、愉快そうにしているが。

もぐもぐと口を動かし、半分スキップしそうなくらいの能天気さで笑いながら俺の横を歩く。


そして、その能天気さは異常の域だ。


「ねえ、うちのサークル見ていかない!? 頼むよ、彼氏さん同伴でもいいからさ!!」

「えー、なんのサークルですか?」


ゆく手を阻まれて声をかけられたと思って見てみたら、そのサークル名は「サンフラワー」。

要するに、あの悪名高い花の名前系統のサークルだ。しかも、その背後には何人ものサークル員が控えていて、囲い込みをする気満々らしい。


俺はすぐに彼女の手を引き、その場を離れる。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

「待てるかよ。なにが『なんのサークルですかー』だ。どう考えても怪しいだろ、あれ。怪しさ満点すぎだろうよ」

「そうだったの? 分からなかったけど」


お人よし……いや、そんな次元じゃない。

これじゃあ、警戒心の欠けた小動物だ。


見た目は大学生風だけれど、その中身は不審者にふらふらついていく小学生並みの警戒心である。


俺はひとまず距離を取って、一つ息をつく。

そうして隣をみてみると、そこにあったのはフットサルサークル・シュウキュウフツカのブースだ。


そこは明日香と話をして、覗いてみようかと検討していた場所だった。


鉢合わせる危険性があるサークルは避けたい。

俺はブースの列を奥へ奥へと進んでいく。



そんなふうに、ひたすら危険回避だけを考えながら歩いていたら、いつのまにかほとんど端までたどり着いていた。


そこまできてやっと、手のぬくもりに気付いた俺はぱっと手を離す。

勝手に顔が熱くなってくるが、


「わ、悪い……」

「いいよいいよ、むしろ引き留めてくれて助かった!」


青葉はあっけらかんと笑う。

その声が響くくらいには、ここまで来ると人が少ない。

一応ブースはあるのだけれど、活気には程遠い状況だった。


だから、ブースに座る先輩たちの声もよく聞こえてくる。


「……会長、ついてなさすぎ。普通、こんな最奥の場所引く?」

「俺もそれについては大変遺憾だ。非常に申し訳ないと思っている」

「謝っても結果は同じ。仕方ない」


こんな悲しい会話を目を瞑りながら繰り広げていたのは、ボランティアサークル・ティアナのブースに座る男女二人だ。


会長と呼ばれている男の人はやたら形式ばった喋り方で、その隣に座っている女性は逆にぶつ切れの言葉で喋る。


どんより暗い雰囲気が漂っていた。

目の前に俺たち新入生がいるわけなのだが、もはや気づきもしない。


なんだか近づいてはいけない雰囲気だ。

しれっと、その場を退散しようとするのだけれど、そこへその情報は飛び込んできた。


「今日の歓迎会どうしようか。会場は押さえてあるが、ピザや焼き鳥、オードブルの発注数は減らしたほうがいいだろうか。25人分のつもりだったが、今のところ新入生を入れても20人だ」

「……予約変更。作る分もあるから、足りなくなることはない」

「それが賢明だな」


ピザ、焼き鳥、そのうえオードブル。


大学生とはいっても、まだ高校生に毛の生えたくらいの俺たちにしてみれば、響きだけで夢しかない。


俺は青葉と顔を見合わせ、頷きあう。


雰囲気はともかくとして。

露骨に勧誘されないあたり、逆に妙な心配をする必要はなさそうだ。俺が一歩前へ出ようとしていたら、


「ピザの注文増やしてください……じゃなくて、話聞かせてください!!」


青葉が先にブースへと飛び込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る