第7話 一緒に履修登録を。

「よし、じゃあこれからは恩返しの番だね。履修、決めていこっか」

「……え、なに、俺と?」

「誰と喋ってたと思ってるの。他にいないでしょ」


青葉は俺の袖を掴むと、空いている席までひっぱっていく。

その途中、彼女は同じ文学部社会学科の女子集団ににこやかに手を振っていた。


どうやら、もう友達がたくさんいるらしい。


さすがコミュニケーションおばけだ。

たぶんすでに、学科内では人気者なのだろう。


「あの人たちと決めたほうがいいんじゃないのか」

「いいのいいの。まぁ、野上くんがあの集団に混じりたいって言うなら、一緒でもいいけど?」


なぜ俺と一緒なことが前提になっているのか、まったくわからないが、俺はひとまず、きゃぴきゃぴと楽しげに会話をかわす彼女たちの方へ目を向ける。


ほとんど勝手に、頬がぴくぴくと引き攣った。

女性と接することには、高校生活を通じて、だいぶ慣れてきたはずだ。

だが、明日香に振られたという大事件のせいで、再び苦手意識が芽生えたのかもしれない。


こんな状態でろくに知らない女子大生たちに囲まれたりなんかしたら、たぶん言葉一つ発せない置物になる。


「無理でしょ? なら、大人しくここで私と履修決めをすればいいじゃん」

「……俺は一人でも別に」

「はいはい、野上くんそこまで! 私にはとっておきがあるからね。君がすぐに納得する秘密兵器だよ」


彼女は俺の向かいの席で、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。

本を数冊入れるのがやっとなくらい薄い鞄から、なにやら冊子を取り出した。


その表紙には、『らくたん!』と書かれている。


「落ち込んでるのか……?」

「いや、違うって! ネガティブ思考禁止! これは、『楽な単位』の訳だよ、『単位を落とす』って意味でもない。要するに、単位の取りやすい簡単な授業のリストだよ。昨日、サークルの人から貰った唯一の戦利品」

「……おい、それって」

「あはは、まぁね。あのサークル。でも、この冊子はたしかみたいだよ。他のサークルに行った子でも、持ってる子いたし」


青葉はそう言いながら、その冊子を開く。

俺がどんな内容なのかといぶかしみながらも覗こうとしたら、しかし、彼女は突然立ち上がり、それを高く持ち上げた。


「はい、ここからは私と履修を決めてくれる人だけの限定公開だよ。さぁ、どうする野上くん。ほしいでしょ、この情報」


にっと、彼女は口端をあげて、白い歯を覗かせた。


俺を見下ろしてくる茶色の瞳は、どうやら勝利を確信しているらしい。俺が首を縦に振ることが当たり前だと思っているようだ。


だが、俺には反撃の用意があった。


「あんまり目立つと恥ずかしいから座ってくれよ」

「え……! あ、あはは~」


ただでさえ、その美貌は、その天性の明るさ・朗らかさは、人を惹きつける。

そんな彼女が、本を持ち上げるなんて幼稚とも考えられる行動をとったら、そりゃあ人目を引く。


一見、アホなポーズをしているようにも見える美少女に、男は好奇の視線を向けて、女子は不思議そうな目を向けていた。


青葉は空笑いをしながら、ゆーっくりと腕を下ろし、そして席に戻る。


「もう~、恥かいたじゃん」


俺にだけ聞こえるような小さな声で、そう不満を漏らした。


「全部、青葉さんが一人でしたことだろ」

「そうだけど……そうだけど、気付いてないほうが幸せだったよ、私。

 もう、とりあえず責任取って履修相談乗って? いいでしょ? 入学早々ぼっちな野上くんも助かるんだし」


小さく薄い唇を尖らせて、こう押してくる。


なんて搦め手だろう。

女子に、それも超ド級の美少女に、じとっと湿っぽい目で見られたら、首を縦に振らざるをえない。

男ってそういう生き物だ、たぶん。


「ぼっち認定はまだ早いって」


結局降参した俺はそう返しつつも、青葉とともに履修登録を開始するのであった。

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