頼るらくは

萩谷章

頼るらくは

 ある男が、新しい眼鏡を買おうと店に入った。陳列された多くの眼鏡を眺めていると、店員の一人が近づいてきた。


「いらっしゃいませ。どんな眼鏡をお探しですか」


「今かけている眼鏡が丸いんですけど、今度は気分を変えて四角っぽいのが欲しいなと」


「なるほど。それでしたら、このあたりの眼鏡がお好みに合うかもしれません……」


 男は店員に意見を求めながら、最も好みに合ったものを買うことに決めた。


「これにします」


「ありがとうございます。では、レンズなど細かい部分のご希望をうかがいますので、こちらへどうぞ」


 店の奥へ案内され、男は視力検査を受けた。その後、レンズにどのような加工を施すか希望を聞かれ、なるべく安く済むように答えた。希望を聞き終えると、店員は説明用の書類をしまい、「少々お待ちください」と言って席を離れた。すぐ戻ってきた店員の手には、一冊のファイルがあった。


「お待たせしました。先ほどおうかがいしたご希望の通り、眼鏡をお作りします。ですが最後に、お客様にぜひお聞きいただきたいお話がございまして」


「はあ、何でしょう」


 店員は持ってきたファイルを開き、話し始めた。


「最近の科学の発展は目覚ましくてですね、眼鏡にも様々な機能を詰め込めるようになったんです」


「機能?」


「はい。昔は、電話というと大きな機械を使っていましたが、現代では小さな板一つでできるんです。それどころか、他にも数えきれないほどの機能が詰め込まれています。その科学技術発展の波が、眼鏡にも及んできたというわけです」


「なるほど。しかし、二年前に眼鏡を作ったときはそんな説明をされませんでしたよ」


「二年前にはなかった話ですからね。ここ最近ですから、お客様は最先端でこれを知ったことになります。もしご興味あれば、ご説明させていただきたいのですが……」


 店員のその言葉に気分をよくし、男は身を乗り出して話の続きを求めた。


「最先端ですか。ぜひ聞かせてください」


「ありがとうございます。機能というのは様々ありまして、時間が分かるようにしたり、ラジオ・テレビを視聴できるようにしたり……」


「それはすごい。その、時計やラジオ・テレビというのは、レンズの内側に映るんですか」


「おっしゃる通りです。かけているご本人様だけが見えます」


「夢のようなお話ですな。ぜひ、私も何か機能を付けてみたいものです」


「どんな機能をご希望ですか」


「例えば、眼鏡を通して見たものとの相性が分かる機能とか……。さすがにそれはまだSFの世界の話かな」


「そんなことはございません。今おっしゃった機能、お付けできますよ」


 男は思わず立ち上がった。近くにいた別の店員を驚かせてしまったのに気づき、小さく謝りながらゆっくりと腰を下ろした。


「本当ですか。では、ぜひお願いしたいですが……」


 最先端の機能付き眼鏡は決して安いものではなかった。しかし、新しく面白いものに金を惜しまないことを信条にしている男は、大幅な予算オーバーながら迷うことなく支払いを済ませた。


「出来上がりまで二週間ほどいただきます。でき次第ご連絡を差し上げますので、お待ちください」


「分かりました。よろしくお願いします」


 男は達成感に包まれながら、軽い足取りで店を出た。




 二週間後、店からの連絡があったので男は眼鏡を受け取りに行った。店員から使い方の説明を受け、買ったときよりもさらに軽い足取りで店を出た。


 早速、男は眼鏡をかけて家に帰った。かなり多くの人とすれ違ったが、眼鏡が反応を示すことはなかった。会社で仲のよい同僚と顔を合わせると「相性よし」の反応を示したが、それは仲がよいのだから当然。その他の人にはほとんど反応を示さなかった。


「人類みながお互いを分かり合うなんて、そりゃできないわけだ」


 そのうち、男はあることに気づいた。眼鏡が反応を示す人は、話していると心地よく、そうでない人は何となく合わない感じを覚える。結局は、自分の感覚で分かってしまうのである。


「買ったときは楽しみで仕方なかったが、使ってみると、意外にくだらない機能だったかもしれないな」


 男は機能付き眼鏡をはずし、もとの眼鏡に戻そうと決めた。失敗の結果を目に見えないところへしまっておこうと考えたのである。もとの眼鏡を入れてあるケースを取り出し、それを開けた。その途端、機能付き眼鏡がこれまでにないほど強い「相性よし」の反応を示した。


「機能は確かなようなんだけどなあ……」

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頼るらくは 萩谷章 @hagiyaakira

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