いつも家に入り浸って甘えてくる過保護な姉の親友達が実はアカデミー最強。だけど、僕の方が強いらしい。

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

 極々普通の平民、ユーリ───今年で十五歳。

 怠け癖があり、思春期らしく女の子には興味があり、お菓子作りが趣味。容姿はどこかあどけなさが残る子供のような幼さを感じつつも、綺麗な白髪が特徴的なもの。将来はのんびりと静かな場所で暮らすことを夢見ている、自称どこにでもいるような男の子だ。

 少し変わっているとすれば、ちょっと姉がいることだろうか?


 そんなユーリの環境は、ここ数年で少し変化していた。

 というのも―――


「ただいまー」


 今日も今日とて、街で菓子屋のお手伝いをして帰宅。

 玄関を開け、そのままリビングへと向かうと、そこには見慣れた顔の少女達三人の姿があった。


「あ、ユーくんお帰りぃ~! 一緒に剣の模擬戦しようぜ~!」


 一人はウェーブのかかった艶やかな銀の長髪を靡かせる女の子。

 スラッとした体躯で、身長はユーリと同じぐらい。顔立ちはあけどなさが残りつつも大人な印象が残る端麗なもの。街を歩けば不思議と視線を吸い寄せられること間違いない。

 そんな少女———アリス・カルレアはユーリを見るなり、すぐさま飛びついた。


「ちょ、離れてくんない!? いきなり暑苦しいの文句しかない!」

「いいじゃんいいじゃん、これもまたユーくん大好きな美少女からのスキンシップ♪」

「この、自己評価高子じこひょうかたかこちゃんめ……ッ!」


 歳相応、男の子だもんなユーリ。

 本来であれば、こんな美少女に抱き着かれて鼻の下を伸ばすはずなのだが、ユーリは鬱陶しそうに引き剥がそうとする。内心のドキドキがバレないように。


「でも、ユーくんこういうの好きでしょ?」

「うーむ……77点」

「胸を凝視しながら採点された私の気持ちよ」


 もしかしなくても、ドキドキしていないのは単に満足していないだけなのかもしれない。


「……ユーリ」


 その時、もう一人の少女が今度はユーリの袖を引っ張った。


「あ、うん……どうしたの、ロニエ姉さん? 僕、これからアリス姉さんを引き剥がして夕飯の準備を―――」

「……魔法の練習、しよ?」

「言葉の途中だったけど、夕飯の準備をするってところまでは言えたよね!?」

「……私、ユーリと一緒がいい、な?」


 きょとん、と。首を傾げる少女———ロニエ。

 肩口まで切り揃えたセミロングの茶髪に、端麗で美しい顔立ち。おっとりとした雰囲気と出るところがしっかりと出ている同性が羨みそうなスタイル。

 本来であれば、こちらも可愛らしいスキンシップにドギマギしそうなものであるが、ユーリの胸は少しぐらいしか高鳴らなかった。

 それでも、ロニエはユーリの袖を「くいくい」と引っ張り続ける。

 そして———


「こら、お二人共……ユーリくんが困っていますよ」


 首からロザリオを下げた金髪の少女が、二人に割って入るように近づいてきた。

 こちらも愛くるしくもあどけなさが残る顔立ち。ただアリスとは違って、お淑やかな優しい雰囲気を纏っている。ついつい甘えたくなってしまうような、寄りかかってしまいたくなるような、そんな感じの女の子———セリシアは、柔らかい労いの笑みを浮かべた。


「お帰りなさい、ユーリくん」

「ただいま、セリシア姉さん。ちょっと、この二人をどうにかするの手伝ってくれない? このままじゃ、夕飯が───」

「それで、その……」


 おずおずと、セリシアは分厚すぎる本をユーリに向けた。

 ちゃんと、しっかり、上目遣いで可愛らしくお願いすることも忘れずに。


「一緒に、聖書のお勉強でもしませんか?」

「見えないっ! 僕には千ページは超えそうな聖書なんて見えないからねっ!」

「えへへっ、大好きなユーリくんと並んで聖書を最後まで読むの、すっごく好きなんです」

「千ページ越えを最後まで!?」


 もはや一日費やしても読み切れそうになかった。


「ごほんっ! もう、三人共。僕の家にのはいいけど、夕食作るまでは待って!」

「「「……はーい」」」


 ユーリが強く言うと、三人は渋々といった顔でリビングのソファーへと座る。

 そんな姿を見て、ユーリはそっとため息をついた。


(はぁ……なんかこのやり取りも本当に慣れてきちゃったなぁ)


 別にこの三人とユーリは一緒に暮らしているわけではない。

 ただ三人は姉の親友で、ただアカデミーが終わったら毎日のように勝手に遊びに来ているだけなのだ。

 加えて、帰りたくなかったら帰らない。一緒に泊まる。曰く、自分の家よりユーリの家の方がアカデミーから近いのだとか。


「ねぇ、本当にほぼ毎日来ているけどさ、アカデミーの人達と遊ぶとかしないの?」


 ユーリがキッチンに向かい、エプロンを着けながら口にする。


「ふっふっふー……お姉ちゃんはね、ユーくんのお姉カレラちゃんからユーくんのことを頼まれているのです!」

「あーはいはい、面倒見てるの僕な気がするけどねー」


 ちょっとした理由で、ユーリの実の姉は家に帰ってこないことが多い。

 そのため、アカデミーから近い以外にもそういった理由で三人は家に入り浸っていたりする。まぁ、どことなく頼まれたからではなく自分から来ているような気がするが。


「……ユーリじゃないと、魔法の話し相手がアカデミーにはいないから」

「私は剣の練習!」


 本当に自分から来ているだけな気がするが。


「ふふっ、それとユーリくんが可愛いっていう理由もありますよ」


 セリシアがキッチンの横に入ってくる。

 そして、胸が高鳴るような笑みを向けられ───


「お料理、お手伝いします!」

「あ、うんじゃあお皿並べて」

「作る方もお手伝い……」

「お皿並べてほしいかな」

「あの……」

「お皿並べてほしいかな」


 可愛らしい笑顔も、すぐさまシュンとしたものになった。

 そして余談だが、リビングにいた二人は何故か心の底から安堵したように胸を撫で下ろしていた。


「さっきの話だけど、正直僕なんて可愛い要素なんてないでしょ? ほら、僕ってどこにでもいるような男の子だし」


 何気なしに、ユーリはそんなことを口にする。

 すると―――


「(『剣聖の再来』って呼ばれてる私の剣戟を平気で受けられておいてよく言うなぁ)」

「(……『賢者の生まれ変わり』って言われている私の話についてこられてよく言う)」

「(『聖女』って言われている私よりも治癒魔法が使えている人が普通ではないのですが……)」

「え、皆何か言った?」

「「「なんでもない」」」

「な、仲いいですね」


 三人のジト目と、絶妙なハモり具合を一身に受けて、ユーリは思わずたじろいでしまう。

 だから、誤魔化すように戸棚の下から食材を取り出し、いそいそと調理を始めてしまった。

 その様子を見て、セリシアは感心したような表情を見せる。


「ユーリくんは凄いですね。こうしてお料理もしっかりできますし」

「まぁ、姉さんと二人で暮らしていたらそりゃ。それに、将来は静かなところへのんびりと暮らすのが夢だし、最低限家庭的じゃないと」

「素敵な夢ですね。そこでゆっくり一緒に聖書を読むっていうのも―――」

「僕の描くビジョンにはその光景は映ってないかなぁ」


 シュンと、可愛らしく項垂れるセリシア。

 いつものことなので、ユーリはそのまま調理を続けた。


「私、将来はユーくんみたいな旦那さんがほしいなぁ。料理もできて、一緒に剣に付き合ってくれる……あ、ユーくんほしい!」

「……私も、一緒に魔法の研究をしてくれてお掃除してくれるユーリ、ほしい」

「おいコラ、ダメ女達。少しは女を磨くとかしろ」


 その言葉に、アリスは頬を膨らませる。


「むぅー、失敬だな。こう見えても、私達は結構アカデミーでは人気者なんだよ? それこそ、お顔と剣の腕は一番なんだから!」

「ダウト!」

「待って、即答でダウトってなに!?」


 何も嘘は言っていないのに嘘呼ばわり。

 アリスは心外だと更に頬を膨らませるのだが、ユーリは何気なしに―――


「だって、アリス姉さんって一回も僕に剣を当てられたことないし」

「うぐっ!」

「ロニエ姉さんより僕の方が魔力総量も魔法の使える種類も多いし」

「……ぐぬっ」

「セリシア姉さんより、治癒速いし」

「ううっ!」

「まぁ、こればっかりは僕が男の子で多少なりとも性別が関係することもあるから仕方ないけどね」


 はっはっはー、と。ユーリは冗談っぽく笑う。

 それを受けて、そそくさとユーリの下を離れたセリシアが合流し、ヒソヒソと三人は顔を近づけて話した。


「(たまにさ、ユーくんって胸を抉るようなこと無自覚で言ってくるよね。私達、自慢じゃないけどマジで学生離れしてる方だと思うんだけど)」

「(……ユーリは自分が姉と似て異常なことに気づいてない)」

「(そこが可愛いところもあるんですけど、心配ですよね……)」


 三人はチラッと調理を続けるユーリを見る。

 そして、アリスが徐に一枚の紙を取り出した。


「(本当に心配だよ―――)」


 貴族だらけのアカデミーは、王国全土の貴族や三人のような優秀な人間が在籍している。

 とはいえ、メインは貴族のご子息、ご令嬢ばかり。

 平民が通うには、アカデミーに影響力のある人間からの推薦状、もしくは多大なる才能を証明することによって特待生として通うことができるのだが―――


「(『悪い虫が寄らないようよろしく』と、カレラさんからお願いされたとはいえ、ユーリくんをアカデミーに通わせたら……)」

「(……ユーリの才能なら入学自体は問題ない)」

「(けど、絶対にユーくんの才能を知ったら、貴族様達が黙っちゃいないよ。私達の時も結構凄かったじゃん? ユーくん絶対目をつけられるもん)」

「(あぅ……カレラさんにユーリくんのことはお願いされましたし、悪い虫がつかないようにしないと)」

「(……っていうより、ユーリは渡さない)」

「(そうだよ、私達のユーくんだよ! 全力で言い寄る虫を跳ねのけなきゃ! 特に女! 悪影響!)」

「(で、ですねっ! 頑張って私達の大好きなユーリくんを全力で守り抜きましょう!)」


 互いに顔を見合わせ、首を縦に振る三人。

 その瞳にはぎらついた闘志と炎が見て取れ、どこか圧を感じる雰囲気を纏っている。

 そんな三人を見て、ユーリは調理をしながら頬を引き攣らせた。


(なーんか、また振り回されそうな予感……)



 姉の親友で、いつも我が家に入り浸っている少女達。

 三人はアカデミーの中でそれぞれ異名を持つほどの存在であり、ある意味生徒が通うアカデミーの中で最強。

 しかし、その彼女達よりも少年は才に溢れていた。


 だが、それに気が付くのは―――まだ少し先の話である。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は12時過ぎに更新!


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