第49話 CEOとの再度面会

「先日はお疲れさまでしたわ、ハルトくん。こちらの予想以上の成果を残してくれて、ワタクシとしても嬉しいですの」


「いえいえ。今回は多大な支援を頂きましたから、無事成功したまでです、CEO」


 瀬戸内ダンジョン攻略から一週間後。

 俺は、マサアキさん経由でフチナダCEOに再度の面会のアポを取った。

 そして今日、執事のヤマダさんの運転する高級リムジンで、前回とは違う場所。

 海岸沿いの一等地にある別荘らしき場所に案内された。


「ここ、良いでしょう? ワタクシの持つセーフハウスのひとつなのよ。さて、態々わたくしと再度面会をしたいというのは、謝辞以外にも理由があるのですわよね。それも仲間を呼ばずに一人で……」


 CEOの背後には、執事役のヤマダ(仮名)さんが一人。

 他には、側仕えも警護役もいない。


 ……俺一人くらいなら、警護を雇う必要も無いって事か。今回、俺一人なのは、これ以上仲間を俺とアヤの事に巻き込みたくなかったからだが。


「あら? ご謙遜を、ハルトくん。神剣クサナギを得た貴方相手なら、ワタクシも本気を出さないと危ないですのよ? 後ね、児山もナナコちゃんも、貴方やアヤちゃんに巻き込まれて迷惑だなんて決して思わないわよ?」


「CEO、俺の表層意識に突っ込み入れるのは勘弁して下さい。間違っても俺、CEOに危害を加える気なんて無いんですから」


「そこは、もちろん分かっているわよ。アヤちゃんに危害が及ばない限り、ハルトくんは優しくて可愛い男の子ですからね」


 ……なんか、やりにくいなぁ。すっかり玩具おもちゃにされている気がする。


「少なくとも、ワタクシはハルトくんの今後の活躍に期待しているわ。フチナダにとっても人類にとっても貴重な存在。まあ、ワタクシ個人に取っては、可愛いくてお気に入りの玩具なのは確かね」


「はぁ。脱線してばかりでは話が進まないので、本題に入ります。CEO、貴方は何処まで知っていたのですか? 俺が神剣を手に入れる事まで、CEOの思惑通りだったのですか?」


 俺は、ダンジョン攻略以降思い悩んでいた疑問を一つ、妖艶だがいたずらっぽい笑みを浮かべているCEOにぶつけた。


 CEOは、俺とアヤならダンジョン・コアを破壊できると言った。

 しかし結局、コア破壊の具体的な手法についての指示は全く無く、おもいっきり全力でぶつかれというだけ。

 正直、神剣が入手しなければミッション攻略が難しかったのではと、今になれば思う。


「そうね、種あかしをしましょうか。ワタクシは愛の魔神デーモンでもあり、過去・現在・未来も見通せます魔神なの。もちろん、未来は不定形で何かの拍子で変わる事もあるわ」


 豪華なソファーに座るCEO。

 俺に見せつける様に、美しくて長い脚を組み替える。


 ……平常心、平常心。俺にはアヤが居るから、余所見なんかしない!


 綺麗な脚を包むストッキングを止めるガーターらしきモノがチラリと見えるが、俺は視線を逸らした。


「ふむ、合格ね。余所見して浮気をする様なコには教えてあげないの。で、未来が見えるって話なんだけど、ワタクシにはハルトくんがオロチを倒すイメージまでは見えていたわ。ただ、撃破方法までは予知できなかったの。多分、結果は決まっていたけれども、そこから先は神のみぞ知るだったのね」


「……そうでしたか。では、CEOとしても俺が神剣を手に入れたのは想定外だったと」


「もっと言うなら、黒騎士。侵略してきた並行異世界側の人間の介入は想定外でしたわ」


 CEOが語る眼に、俺は嘘を感じない。

 魔神とは言え、未来は未知。

 結果として俺の勝利は分かっていたけれども、そこに居たる道のりは分からなかったらしい。


「ただ、侵略者が人間、並行世界の住人であったという根拠は、これまでもいくつかはあったわ。罠の設置パターンが人間の思考を呼んでいる、こちらと同じ伝承のモンスターが向こうにもいる、そしてアヤちゃんね」


「……。CEO、あの黒騎士が言ってたのは戯言たわごとでは無かったのですか!? それとも単に他人の空似では!? アヤが、アヤが侵略者、異世界人のはずなんて絶対、絶対に……!」


 俺は、一番気になっていたことをCEOに聞けなかった。

 アヤが、侵略者側の人間では無いか、という事を。


 ……アイツ、アヤの事を姫様って言ってたけれど、間違いだよな。間違いだって言ってくれよぉ!


 俺と初めて出会ったときのアヤは、お姫様っぽいドレス姿だった。

 そして三歳児くらいだったにも関わらず、日本語が分からなかった。

 今もそうだが、外見は日本人離れをしている。


 ……外国人の子供だと思っていたけれど、もしかして……。いや、だったら、アヤはどうして赤い血を流す? アイツらは紫色の血を流したじゃないか!?


 俺は幼い頃、転んで泣いたアヤの膝小僧から赤い血が流れていたのを覚えている。

 最近でも、俺にリンゴを剥いてくれている時に切った指から赤い鮮血が出ていた。


「疑問に思うでしょうし、愛するアヤちゃんが侵略者の仲間だったと信じたくないのは理解するわ。ただ、一言言わせてもらうなら、アヤちゃんには一切罪はないわ。事件に巻き込まれた可哀そうな子よ」


 CEOは、動揺する俺の手をそっと柔らかくたおやかな手で握ってくれる。


「アヤちゃんは、ちゃんとした人間、ホモ・サピエンス。ただね、遺伝子。ミトコンドリアDNAが現行の人類と全く違うの。もちろん遺伝子異常のよる病気は見られない健康体よ」


 CEOがヤマダさんから受け取ったタブレットで、アヤのメディカルデータを表示する。


「ワタクシも専門じゃないから説明が難しいんだけれども、ミトコンドリアDNAって母親だけから遺伝していくもので、長い間に起きた変異が健康被害を起こさなければ伝わっていくの」


 俺には生物学は全く分からないが、イラストで表記されたアヤのデータと他の人のDNAパターンが一致しないのは理解できた。


「専門家曰く、おそらくミトコンドリア・イブは共通なんだけど、環境の違いで別方向に変化したって話。だから、元は同じ人類。アヤちゃんと貴方に間に子供を作るのに、全く問題はないわ」


 CEOが語るに、アヤは俺とは同じホモ・サピエンス。

 同じ人類が大昔に何故か二つの世界に分かれてしまい、別の変異を遂げた存在という。


「もしかして、それは魔力。大量の環境マナが影響しているのですか? 侵略者は、こちらの世界のマナを活性化させようとしていますし」


「まあ、そこは仮説の域を出ないわね。だって、アヤちゃん以外のサンプルは無いしね。そうそう。この間ハルトくんが倒したのは、正確には人間じゃないわ。アバター、遠隔操作されていた魔力で作ったコピーね。だから、人殺ししたって思い悩まなくて良いの」


 CEOは、俺に慈愛の笑みで微笑んでくれた。

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