第21話 アヤと俺が起こした幸せな奇跡

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ! マサアキさん、死んじゃ嫌だぁぁ!」


 俺は泣きながら治癒真言マントラを唱える。

 俺の身代わりになって助けてくれたマサアキさんを救うために。


「も、もう無理しなくても良いよ。自分の身体は自分が一番良く分かるから……。もう、あんまり痛くないんだ」


「マサおにーちゃん。しっかり! 死なないで!」

「そうよ、マサアキくん。わたしも貴方に恩返しできていないの!」


 死を迎えるマサアキさんに泣きながら呼びかけるアヤとナナコさん。

 俺は自分の無力さに嘆く。


「どうして、俺にはマサアキさんを助ける力が無いんだ。俺のミスなのに、マサアキさんが死ぬのは間違ってる。俺が代わりに死んでたら良かったのに……」


「そんな悲しい事を言っちゃ……ダメだよ。ハルトくんは、皆を救える力があるんだ。だから、僕みたいな死んでも誰も悲しまない者が代わりになってよ、良かった……」


「マサアキさん。しっかり!」


 息も絶え絶え、もう眼も見えてない様子のマサアキさんは、俺が悲しまない様にこんな時でも声を掛けてくれていた。

 俺は治癒魔法を使い続けるが、効果が上がらない事に絶望を覚えた。


「くそぉぉ! 神様、どうしてこんな良い人が死ななきゃダメだんだぁぁ! この世界には神も仏もいないのかよぉぉ」


 俺が無力感に絶望し、神をも愚弄しそうになった時。

 ぱちんと弱くも何故か痛い平手打ちが俺の頬を打った。


「ハルおにーちゃん! そんな事言わないで! おにーちゃんとアヤなら何でもできるよ。さあ、落ち着いて。まだマサおにーちゃんは生きてるの」


 アヤが泣き笑いの顔で俺を勇気づける。

 今まで一度も俺を叩いたことがない手で、俺を叩き正気に戻してくれたアヤ。

 俺は大きく深呼吸をして、もう一度詠唱を続けた。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ! 帰命したてまつる。薬師瑠璃光如来よ、顕現し、傷つき病む者に癒しのお力を与えたまえん」


「数多に存在する精霊さん。アヤが大事な人達を助ける力をアヤやハルおにーちゃんに貸してください。そしてマサおにーちゃんを助けて!」


 俺の詠唱に合わせてアヤも精霊に祈願をする。

 その言葉は詠唱というよりお願い。


 俺は思わずアヤの顔を見た。

 そこには涙に濡れつつも慈愛に溢れた笑顔があり、俺はアヤの背後に美しい天使の羽が優しく羽ばたくのを見た気がした。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ! オン・コロコロ……」


 俺は夢中になって詠唱をする。

 すると、今まで噴き出ていたマサアキさんの傷からの出血が止まる。

 そして呼吸が今にも止まりそうだったが安定をしだし、青ざめたマサアキさんの顔に血の気が戻ってきた。


 ……このまま、頑張れば!


 俺は、残る魔力全部をつぎ込んで詠唱をした。

 アヤも俺に合わせて詠唱をする。

 そのうち、マサアキさんの傷が癒えだした。

 そして見る見るうちに傷跡すら消えだした。


 ……やった! これでマサアキさんは助かった……。


 俺はマサアキさんを助けられたことに安堵し、緊張の糸が切れた。

 そして魔力を全部使いきったのもあり、俺はそのまま意識を手放してしまった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「ん? ここは?」


 俺が目を覚ますと、天井付近に蝋燭を灯したシャンデリアと壁に差し込まれている松明が視界に入った。


「あ、ハルおにーちゃん。眼を覚ましたんだ」


 そして俺の顔を覗き込むようにアヤが笑顔を向けてきた。


 ……ん? 頭が柔らかいものに乗せられているな。それに少し盛り上がった白いものが視界に……。あ!?


 俺はアヤに膝枕をして貰っている事に気が付き、慌てて身体を起こした。


「お、俺? あれ?」


 俺は貧血を覚え、ふらつく。


「まだ、おにーちゃんは寝てなきゃダメ! さあ、ここに頭置いて」


 ニコニコ顔ながら、どこかゴゴゴというBGMがしそうな気配を放つアヤに、俺は仕方なく再びアヤの膝の上に頭を置いた。


「おにーちゃん、随分頑張ったものね。魔力を全部使っちゃったんだもの」


「あ! そういえばマサアキさんは!? まさか、間に合わなかったんじゃ……」


「大丈夫。今はナナコおねーさんの膝枕で寝てるよ。出血量が多かったから、帰ったら輸血&しばらくはにゅーいんコースだって」


 視線をずらすと、マサアキさんが穏やかな表情でナナコさんの膝の上で寝ているのが見える。

 呼吸も安定している様だから一安心だ。


御子神みこがみ生徒、詰めが甘いぞ! 残心を忘れるな。今度から確実に敵の消滅を確認してから視線を外せよ。それ以外にも突撃癖は治せ。さもないと、今度は葉桐はぎり生徒、アヤちゃんを泣かすぞ?」


 周囲を警戒しながら、俺に指摘をするオカダ教官。

 厳しい事を言いながらも笑みを浮かべている事から、機嫌は良いのだろう。

 アヤの事を態々名前で呼ぶくらいだし。


 ……誰も死ななかったしね。


 視線を他に向けてみる。

 今も俺たちはウメダ・ダンジョン第五層、ボスフロアーにいる。

 フロアーの扉はドアストッパーで止められており、閉じる事は無い。

 以前、授業で習ったのではボスフロアーに雑魚は入ってこれない。

 なので、今後24時間はボスがリポップ再登場しない、この部屋は安全地帯だ。


 部屋の外に居た怪我人らも全員部屋の中に居る。

 彼らやボスフロアーで倒れていた生徒たちも、安堵の顔で待機中。

 本部から来ている救護部隊の到着を待っている。


 アヤが話すに、俺とアヤの治癒魔法の余波で全員怪我は完治しているそうだ。


「ふぅぅ。アヤ、俺もっと強くなりたいよ。じゃないと、俺自身もアヤも仲間達も守れないや」


「ハルおにーちゃんは強いよ。だって、自分の弱さを知っているんだもん。昔、おじーちゃんに聞いたよ。おにーちゃんは、もっと優しく強くなれるって」


 俺は心に誓う。

 もう間違えたりしないと。


「ああ、俺はアヤの夫になるんだからね。負けないよ」

「うん! アヤもおにーちゃんのお嫁さんになるんだもん。ずーっと一緒ね」


「えー、ハルトくん! 二人でプロポーズしたのぉ! わたし、失恋しちゃったぁぁ!」


「ちょ! ナナコさん。いま、暴れたらマサアキさんが大変に。ごめん、暴れないでぇ」


 俺とアヤの一言でボスフロアーの中は騒然となってしまった。


「どーしてこうなるんだろ?」

「でも、楽しいよね。おにーちゃん」


 こうして俺たちの初ダンジョン攻略は、無事に笑顔で終わった。

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