第15話 星空の元での久方ぶりの会話。二人、思いを語る夜。

「アヤ。今、電話良い?」

「うん。いいよ。ハルおにーちゃん」


 夕食後の自由時間。

 俺は寮長や教官に特別許可を貰い、休憩室から音声通話をアヤに掛けた。

 SNSでの文字ではなく、直接アヤの声が聞きたいから。


 今日は、快晴。

 窓からは、綺麗な星空が見えてる。


「俺、アヤに逢うためにフチナダの士官学校に入る事にしたんだ。何のコネも無い俺がフチナダの中に居るアヤに逢うにはこれしかないって思ったんだけどね」


「それで、士官学校にハルおにーちゃんが居たんだ。アヤね、ずっとフチナダの施設に居たの。最初はおなじくらいの子供ばかり集められたところで、色んな検査を受けたの」


 アヤがとつとつと話してくれるに、俺と引き離された直後はアヤと同じく誘拐、もとい強制保護されてきた魔法能力に長けた子達と一緒に暮らしていたらしい。


「そしてね、どんどん皆、何処かに連れて行かれちゃうの。そして、最後にアヤと数人の女の子しか残らなかったわ。それが今、一緒に居る子達なの」


 ……マサアキさんが後で教えてくれたのに、魔法才能が足りない子達は別の施設送りにされたらしいんだ。酷い場合は魔法使いにおけるサイバネ移植実験なんかの人体実験もあったとも。


「……そうか。寂しい思いをしたんだな。俺は、爺ちゃん。師匠に鍛えてもらって、アヤもう一度出会うために頑張ったんだ」


 俺はマサアキさんに聞いた悲劇をおくびにも出さず、にこやかに師匠との厳しくも優しい修行の日々をアヤに話した。


「おじいちゃん、亡くなってたんだ……」


「ああ、もう二年くらいになるよ。最後まで俺やアヤの事を心配していた。俺、爺ちゃんが居なかったら、フチナダに突撃してアヤに逢う前に死んでたよ。爺ちゃんが教えてくれたんだ。正面から戦わず敵の内部に入り込んで、奪えばいいってね」


  ◆ ◇ ◆ ◇


 俺が小学六年の頃。

 アヤの居場所も分からないのに、フチナダの施設に殴り込みをかけてアヤを奪い返すって思っていた時期があった。

 魔法、真言法術を上手く使いはじめたころで、俺の魔法があればフチナダの警備兵くらいなら簡単に倒せると思い込んでいた。


「ハルト。お前は年齢の割には確かに強いし、ワシよりも法術の才能はある。じゃが、正面から戦ったのではフチナダには勝てん。ワシもフチナダには勝てず、アヤを奪われたからのぉ」


 近くのフチナダ関連施設へ襲撃を掛けようとしていた晩、俺は師匠に捕まってお説教を受けた。


「じゃあ、どうすればいいんだよ、爺ちゃん!」


「今は師匠と呼べ、ハルト。お前、少しくらいは戦略や戦術を学ぶのじゃ。相手が強大なら、正面から戦うのではなくその内側に入り込むのが定石。どんな超人もガン細胞には勝てぬ。ハルト、お前はフチナダの内部に入り込み、そこでアヤを探すんじゃ。そして、フチナダ内部で成り上がり、下剋上して報酬としてアヤを自分のモノにすればいいのじゃ!」


  ◆ ◇ ◆ ◇


「じいちゃん、そんな事を考えていたんだ。アヤ、自分の事でいっぱいいっぱいで、フチナダから逃げる事も考えられなかったの」


「今の監視社会じゃ、逃げてもいつか捕まっちゃうし、マトモな仕事にもつけない。俺は爺ちゃん、師匠にこっぴどく叱られたよ。お前はアヤを悲惨な運命におとしめるのかって。例え、俺がアヤを助け出せても、その後をどうするかってね」


 俺は爺ちゃんに叱られた後、IDを持たない子供たちがどの様な悲惨な目に合うかを知った。


 命の危険があるのが普通な日々。

 飢えや渇きに苦しみ、スリ、盗み、強盗、殺人は日常。

 弱いものは強いものに踏みにじられる。

 昨日まで横に居た人が死体となって転がる日々。

 闇バイトの先兵、少年兵、慰安婦などになるのが「まだ」救い。

 「何処にもいない」人には、誰も気にせず人権など無い。


 ……コントラクターになれるくらいの幸運と才能があって生き残る人は、ごく一部らしいな。


「でも、アヤ。逃げずに待ってて良かったの! だって、今日。ハルおにーちゃんにもう一度逢えたんだもの」


「ああ、俺も爺ちゃんの言う事をきちんと守って勉強してて良かった。今日、アヤに再会できたんだから」


 その後も俺とアヤは、失った時間を取り戻す様に消灯時間いっぱいまで話した。


「また逢えるかな、アヤ?」


「アヤがそっちの学校に行く前に連絡するね。アヤ、施設の外には自由に出られないから」


 許可を貰えれば外出も可能な俺と違い、アヤに外出、いや行動の自由はない。

 アヤが話すには、外部からの危機からアヤ達、巫女を守るためと教えられているらしい。


 ……巫女なんて崇めたてているけど、その実はフチナダの道具。使い捨てにされるだけじゃないか!


 マサアキさんから聞いた話では、アヤ達巫女はダンジョン最深部攻略に不可欠な存在らしい。

 異空間から力を引き出し、マナを生み出して成長していくダンジョン。

 それを完全破壊するのは、ダンジョンの最奥に存在するコアを巫女を生贄にする特殊な魔法儀式にて破壊する必要があるとの事。


 ……ロシアや中国みたいに、ダンジョンの最奥で決死隊が持ち込んだ核爆弾を使用する事は、普通出来ないからな。


 俺は、そんな極秘情報を教えてくれたマサアキさんに呆れながらも感謝をした。

 それが事実なら、いずれアヤも生贄にされる可能性がある。

 なら、俺がフチナダ内部で下剋上、伸し上がってアヤの身柄を早急に確保しなくてはならない。

 もちろん、その上で犠牲を必要とせずにダンジョンコアを破壊できる方法も見つけなくてはならないだろう。


 ……アヤだけ助けるのなら楽だろうけれども、アヤと一緒に暮らす世界を平和にする必要もあるしな。


「アヤ、俺は君と世界を守る事にした。だから、もっと強く、賢くなるよ。そして、いつかアヤと、け、結婚したいんだ」


「うふふ、嬉しいなぁ。アヤ、プロポーズされちゃったの。うん、アヤもハルおにーちゃんのお嫁さんになる! だから、アヤも頑張るの」


 俺たちは、落ちてきそうな星空の中、電話越しにプロポーズをしあった。

 多分、俺は一生この夜の事を忘れないだろう。

 アヤと別れた悲しい思い以上に、嬉しい思いをした今晩を。

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