第6話 妹の親友 〈前編〉

「お姉ちゃん!」


 私にはかわいいかわいい妹が、一人いる。

 名前は宿利風花。

 白雪色のもちもち肌、夜空色のつやつやストレートヘアー、太陽のように輝くきりりとしたお目目には、紫フレームの眼鏡が添えられている。

 いわゆる超正統派優等生ルックの美少女だ。


 だけどそれは見た目だけ。

 中身は、超絶純粋にアホい。


 歩くとほのかに石鹸の香りが漂うのは、ボディクリームを入念に塗っているからではなく、幾度となくシャンプーを洗い流すのを忘れてお風呂から上がってきたからだと、私は最近推測している。

 そんなアホかわいい妹が、私は堪らなく愛おしい。


 しかし今。

 お姉ちゃんと私を呼んで、ぎゅぅっと抱きついてきたのは、少し茶色が混じったふわふわ癖っ毛の、石鹸ではなくフローラルな香りがする少女だった。

 肌のもちっと感は似ているけれど、髪も背格好も、風ちゃんじゃ、ない。

 ということは、つまり。


 新たな妹、参戦–––!?


 私は天を仰いだ。私の風ちゃんへの愛、すなわち姉力が強いが故に、新たな妹を呼び寄せてしまうだなんて。なんて罪深いお姉ちゃんなんだ。


 ここで私が取るべき行動は、一つ。


 私の胸に顔を埋める風ちゃんとは違う体温に、できるだけ優しく、語りかける。


「ごめんなさい。私には風ちゃんというこの世に舞い降りた唯一無二のエンジェルがいるの。だから貴女のお姉ちゃんにはなれません。私の妹は、風ちゃんただ一人だけなの!」


 風ちゃんへの愛を説き、少女の気持ちに応えられないことを謝罪する。


「何をバカなこと言ってるの?」


 すると、聞き覚えのあるウィスパーボイスが聞こえた。つられて視線を下げると、私の胸から顔を上げた少女と目があった。眠たげな垂れ目がチャームポイントの、知っている顔だった。


「え? 白帆はくほ?」


 海藤かいどう白帆。風ちゃんの幼稚園のときからの幼馴染で、自他共に認める大親友。

 私の一番かわいいは風ちゃんだけど、この白帆も儚げな空気を纏うかなりの美少女である。


「びっくりした。どうしたの、こんなところで?」

「……今の姉バカ発言をスルーして普通に会話をしてくる緋衣花に、私はびっくりしているの」


 偶然知り合いと会った驚きを口にすると強かなお言葉が返ってきた。へへ、それほどでも。


「……ほめてないの」

「なんでわかったの!? 私声に出してないのに!」

「似ているもの、風花と緋衣花」

「えっ、それって私もとんでもなくかわいいってこと?」

「おバカってことなの」

「辛辣だあ」


 白帆は喜怒哀楽を画面越しに観ているかのように淡々と呟き、無感情にゆったりと私から離れた。


「今から風花のお家で遊ぶの。お家まで護衛してくれたら辛辣じゃなくなる、かも?」


 とろんと上目遣いでお願いしてくる白帆。かわいい! 庇護欲総出! と事情を知らなければなるようなあざとさ。


「……ええと、もしかして割と本気で護衛したほうがいい感じ?」

 だけど白帆の事情––––彼女が割と大きい会社の社長令嬢だということを知っていれば、先の発言はだいぶニュアンスが変わってくる。


「別に。気楽に請け負ってくれればいいの」

「そう?」


 身構えたものの、あっさりとした回答。白帆の瞳は相変わらず眠たげで、どこまで本気で言っているのかわかならい。とりあえず妹の友達のお守り+αくらいの心持ちでいよう。


「じゃあ手繋ぐ?」


「…………お姉ちゃんって呼んだからって、気安く触れると思わないでほしいの。気楽を履き違えないでほしいの」


「なんでそんな下心あると思われてるの!? 純粋な親心だよ!」

 さっきは全然本意がわからなかった瞳が、今は疑いの眼差しだということがありありと伝わってくる。眠たげなのは変わりないのに。器用だなこの子。


「信用できないの……」

 声にも出されてしまった。悲しい。

「うぅ。確かに妹の友達に懐いてもらえて浮かれた気持ちが少しはあったけど。そんな警戒しなくてもいいじゃない……。じゃあなんでお姉ちゃんって呼んだのって思っちゃうよ……」


 すたすた歩き出した白帆に、私もいじいじしながらついていく。

 すると振り返らずに白帆がぽつりとこう言った。


「……喜ぶと思ったの」


「ほへ?」

 急なデレに変な声が出た。もしやこの子落として上げる小悪魔タイプ?


「でも、姉バカ発言で喜ばせたい気持ちよりも、引いた気持ちが勝ってしまったの。若干後悔しているの」


「ぐはっ」違った。トドメ刺しに来た。「そ、そんなに発言アウトだったかな……?」

「割と」

 すごく無垢な声で、そしてノータイムで、バッサリと斬られた。


「ごめんなさい」

「せっかく恥を忍んで呼んだのだから、相応のリターンは得たいと思っているの」

 潔く謝ると何やら淡々と不穏な要求が飛んできた。

「……アイス一週間分とかでいい?」

「そんなのじゃないの」


 その後もどういうものか訊いてみるも、白帆はのらりくらりと躱すばかりで応えてくれない。

 どうしよう。さすがに身ぐるみ剥がされたりはしないだろうけれど、社長令嬢が要求してくる相応のリターンって一体何。怖すぎる……。


 そうこうしているうちに我が家の前に着いた。

 最後の足掻きとして扉を開ける前にじっと白帆の目を見つめてみるも「開けないの?」というシンプルな疑問が返ってきた。観念して扉を開ける。


     〈後編へ続く……〉

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