第34話 エピソード2 シウマイ弁当と卵焼き(10)

 時が止まったかのように母親の表情が固まる。

 それが何拍の間なのか分からない。

 しばらくすると母親は苦しげに咳き込みながら笑い出す。

「何を馬鹿なことを・・」

 母親は、大きな声で笑おうとするもの肺が追いつかず、直ぐに息切れる。鼻に繋がれたチューブから送り込まれる

酸素が漏れるような音を立てる。

 看取り人は、表情を変えずにその様子を見る。

「くだらないこといってないで早くあいつのとこに言ってやりな。何があっても私は知らないよ」

 しかし、看取り人は動かない。

 母親の呼吸が乱れる。

 切長の目に動揺が走る。

「おいっいい加減に・・・」

「やはり心配なんですね」

 看取り人は、三白眼を細める。

 母親は、唇を噛み締める。

「だから私は心配なんて・・・」

 しかし、母親は最後まで言葉を紡げなかった。

 呼吸が上がって言葉が発せなかったことと、看取り人が言葉を覆い被せてきた為に。

「貴方は先輩に初めて暴行した時にこう言ったそうですね。"恨め"って」

 母親の喉が大きく鳴る。

 看取り人は、じっと母親を見る。

「先輩は貴方に対する恐怖と感じる必要のない後ろめたさから"自分がこの世に生まれたことを"恨め"と取ってました。でも、それは日本語としてはあまりに可笑しい。普通なら"憎め"とか"悔いろ"でしょう。それに貴方は言った。彼女を恨んでいない・・・と」

 母親の切長の目が大きく震える。

「貴方は・・・本当はこう言いたかったんじゃないですか?"私を恨め"って」

 母親の白い唇が震える。

「それに先輩を先輩と認識した瞬間、貴方の目に僅かだが光が揺らめきた。それは嫌悪する相手を見たからではなく、大切な人、大好きな人を見つけた時の輝きだ」

 それはたくさんの人を看取ってきた看取り人だからこそ感じることの出来た微かな感情の揺らぎだった。

「貴方は、先輩のことが大好きだった。だから、恨まれたかった。嫌われたかった。違いますか?」

 看取り人は、三白眼を開いて母親を見る。

 母親は、切長の目を閉じ、唇を噛み締める。

「だったらなんだい?」

 母親は、天井を向く。

 敷布に覆われた胸が苦しげに短い間隔で上下する。

「あいつが好きだ。そう答えれば私は許されるのかい?天国に行けるのかい?」

「知りません」

 看取り人は、きっぱりと答える。

「どんな理由があろうと貴方のやったことは許されることではありません」

 看取り人の切り裂くような言葉に母親は、苦笑する。

「容赦ないね」

 母親は、蛇を口から吐くような長く痛々しい息を吐く。

「気に入ったよ」

 母親は、看取り人を見て小さく笑う。

 看取り人は、表情一つ変えずに母親を見る。

 母親は、天井を見る。

「あんたにお願いがある」

「なんでしょう?」

「これから話すことを決してあの子には言わないで」

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