第32話 エピソード2 シウマイ弁当と卵焼き(8)

「それから私は救急車で病院に運ばれて治療を受けたの」

 そこからの展開は実に早かった。

 警察が区役所を通して先輩の情報を得ようとしたが母親の戸籍に先輩の名前はなく、私生児で分かるとすぐさま、児童相談所と相談、保護した。その後、母親の唯一の血縁である妹、つまり叔母さんに連絡がいった。

 叔母さんは、ずっと行方不明であった姉に子どもがいたことに驚き、さらにその子を虐待していたことが分かり、ショックを超えて怒りが溢れたと言う。

 そして迷うことなく先輩を引き取り、戸籍の取得と特別養子縁組をしたのだと言う。

「叔母さんね。当時、婚約者がいたらしいんだけど、私を引き取るってなったら破棄されちゃったんだって」

 先輩は、ぎゅっと唇を結ぶ。

「それでも叔母さんは私の事を凄く愛してくれたの。大好きって抱きしめてくれたの」

「・・・分かります」

 看取り人は、小さな声で言う。

 先輩に対する叔母さんの愛情が本物であることは疑う余地もない。

「叔母さんはたくさんの愛を注いでくれた。あの出来事を忘れさせようと仕事が忙しいのに懸命にかまってくれた。でも、それでも思い出しちゃうの。ママのことを・・」

 あの時の母親の顔。

 鬼のような形相で自分を殴り、蹴る母親の姿。

 そして呪いのように呟くあの言葉。

 恨め・・・恨め。

「あれはきっと私が生まれたことを恨めって意味だと思うの。私が生まれてきたことでママが不幸になったんだって」

「そんなこと・・・」

 看取り人は言葉に出そうとして・・飲み込む。

 先輩の言葉を否定するだけの材料を今の看取り人は持ってなかったから。

 先輩は、下唇を千切れるのではないかと思えるほどに噛み締める。

「だから、私はママと話したいの。ママの話しを聞いて許しを得たいの」

「許し?」

 先輩は、頷く。

「もしママが・・今でも私のことを恨んでいて・・それが未練として残って私の元に現れたら・・そう思ったら怖いの。怖くて眠れないの。いつもいつもそのことばかり考えちゃうの」

 看取り人の三白眼が揺れる。

「だから私はママの死に立ち会いたいの。話を聞いて、許してもらいたいの。死んでも私の前に出てこないで下さいってお願いしたいの。でも・・怖い。1人でママの前に行くのが怖い・・」

 先輩の手が看取り人の制服の袖を握る。

 まるで幼い子どものように。

「だから、お願い・・私と一緒にいて」

 先輩の右目から涙が溢れる。

「何もしなくていいの。お話は私がする。貴方はただ一緒にいてくれるだけていいから・・お願い・、お願い・・」

 看取り人は先輩をじっと見る。

「先輩・・・」

 看取り人は、何かを言おうとして・・止める。

 そして言おうとした言葉に変わってこう呟く。

「分かりました」

 看取り人は、小さく頷く。

「それでは放課後に。昇降口で待ち合わせましょう」

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