第31話 想起

 いくつかの階層をまとめてぶち抜かれた通路。その行く先は目的の救助対象であるメリーの現在地であった。

 同じ場所に向かおうとしていたミナたちとユウカたちが合流するのはおかしなことではなく、彼らは共に、目的地に繋がる扉を蹴り破った。

 広々としていて、薄暗い部屋だった。ただ何も見えないことはない。

 何かの研究室だったのだろう。よく分からない機械がいくつも並んでいたり、液体の入ったフラスコや書類の纏められたラックがいくつもあった。

 そして、そこにはメリーと、保管機械から覚醒剤を取り出しているVellの若頭、トーマス・ジェームズが居た。


「そこまでだ。観念するといい」


 イーライは銃口を彼に向ける。すると彼は振り返ることなく両手を上げる。


「お嬢さん、こっちにおいで。私たちは君を助けに来た」


 ユウカが優しそうな顔を見せて、メリーにそう促す。一度は助けようとした相手だ。不安がられずに走ってくる。

 そのはずだった。


「⋯⋯⋯⋯」


 メリーは頭を横に振る。何も喋らなかったが、彼女はユウカの誘いを断った。しかし、不本意であることは丸わかりだ。でもなければ、ああも涙を目に浮かべない。今にも泣きそうなくらい、恐怖に耐えることはない。


「⋯⋯くくく。無駄だ。こいつは賢いからな。僕の言うことに逆らったらどうなるか、分かってるんだ」


「⋯⋯何」


 トーマスは嗤いながらゆっくりと振り返った。両手はいつの間にか下げている。


「そのままの意味さ。子供はきちんと躾けるものだろ? 教師であるお前なら、よく分かっているはずだ」


「そんな躾などあるものか。お前がやっていることはただの虐待だ」


 イーライは反論する。この上なく腹立たしい言い分だ。そんなものは教育でも何でもない。


「そうか? そうかもな。虐待かもしれない。それで?」


 トーマスは開き直った。否、話が成立していない。これはただの煽り合いだった。

 つまり、これ以上の対話は無意味だ。適当に両足に鉛球をぶち込み、さっさと連行する方が手っ取り早い。

 イーライの指に躊躇はなかった。容赦なく、トリガーを引く。


「ただの鉄砲で仕留められるかよ」


 トーマスは呆れるように言い捨てた。

 空中に突如として生成された剣によって、イーライの弾丸は斬り落とされた。

 その光景を見たとき、イーライは信じられなかった。当たり前だ。彼はトーマスを見ている。超能力は封じられ、使えないはずだ。


「お? どうした? 何か、予想外のことでも起きたか?」


 ケラケラと笑い声が聞こえた。


「⋯⋯魔術⋯⋯じゃ、ないな。どういうことだ」


 ルイズも、リクも、魔術なるものを使うときは手元に発光する魔法陣のようなものが展開されていた。が、トーマスにはその様子がなかった。


「くくく⋯⋯まだ気づかないのか? もう、このガキが覚醒剤の原料であることは知っているはずだ。薬は能力因子を急激に成長させる⋯⋯じゃあ、その逆はどうだ?」


 メリーの超能力は『能力干渉コントロール・パラメータ』。コントロールと名が付くように、それは超能力の強化に限定された力ではない。勿論、その逆も可能。


「──まさか」


 イーライだけではない。ミナたちも、現在、超能力が使えない状態になっている。さらに言えば、イーライのそれと異なり──、


「⋯⋯因子の退化。だとすれば」


 ヒナタはあることに気がついた。

 超能力の常人以上の身体能力は、能力因子による肉体変化が理由だ。つまるところ、その因子自体が弱体化している今、個々の身体能力も同様のに弱体化しているはずである。

  

「ああ、察しが良いようだ。今のお前らは非能力者と同じ、ってわけだ」


 レベル6であるアルゼス、ユウカでさえ、そうなのだ。

 絶体絶命の状況である。非能力者が、おそらくレベル5相当の超能力者に勝てるはずはない。能力の有無もそうだし、基礎的なスペックから違う。

 いくら人数で勝っていようと、あの剣の雨霰を受ければ皆まとめて即死だろう。


「⋯⋯⋯⋯」


 トーマスは剣をいくつも生成した。彼はそれを操作できる。このまま弾丸のように射出し、イーライたちを処刑することに決定した。


「ここまで来たことは褒めてやる。だが終わりだ。死ね、クソ野郎共」


 勝ちを確信した言葉を吐き捨てる。


「──全員、逃げろっ!」


 イーライは叫ぶ。能力が使えない今、何もできない。ならせめて逃げなくてはならない。体制を立て直さなくてはいけない。

 イーライ、レオン、ヒナタ、ユウカ、アルゼスは背を向け、逃亡しようとした。

 しかし、一人だけ違った。彼女だけは、むしろ反対方向。トーマスの方に向かって走り出したのだ。


(どうして向かって⋯⋯まあいい。まずはこいつから殺して、見せしめにでも──)


 射出された剣が、一人走り出した彼女⋯⋯ミナに命中する、その、直前。

 黄金の刃によって、剣ははたき落とされていた。


「何っ!?」


「さっきからあなた、身勝手なことばかり言って!」


 ミナの身体能力は、当然、退化している。超能力は使えない。そして黄金の刃は、彼女の能力ではないはずだ。

 なら、どうして?


「っら!」


 剣の雨をミナは超人的な身体能力を以て突破していく。一瞬で距離を詰めて、剣が届くところまで来た。

 そこで、ミナは黄金の刃を手放し、回し蹴りを叩き込む。

 トーマスは数メートル滑るほどの衝撃を腹部に受けて、逆流してきた胃酸を吐き出し、手を地面に付ける。


「なんだ⋯⋯なにが⋯⋯お前なぜ、能力が使える!?」


 動揺を隠せない。メリーの仕業ではないし、彼女の能力に対象数制限はない。つまり、正常に作動しているはずである。


「能力じゃないからよ。さっきわたしの幼馴染だった人が使ってた、魔術」


 ミナは唯一見たことのある魔術を模倣し、それを使っているのだ。魔力による肉体強化も、『仄明星々スタ・ーダスト』の応用である。


「ま、じゅつ⋯⋯?」


 魔術という全く知らない単語を出されて、トーマスは何も理解できなかった。しかし、ともかく、ミナはメリーの能力の影響を無視して、黄金を操っている。しかも、身体能力も常人レベルではないようだ。


「くそ⋯⋯おいメリーっ! 俺の能力を覚醒させろ! 今以上に、だ!」


 ならば、こちらもより強化しなくてはならない。彼はそう判断した。

 メリーはトーマスに絶対服従だ。そう躾けてある。すぐさまトーマスの超能力は進化し、絶対的な力を感じるはずだ。


(副作用があるが⋯⋯今はこのムカつくやつを何としてでも殺さないと⋯⋯ん?)


 しかし、いくら待っても絶対的な力は、レベル6を思わせる力は、感じられなかった。

 メリーがいた場所を振り返ると、そこには、誰もいなかったからだ。


「まさか! 連れられた!?」


 ミナの突撃を見たユウカは、すぐさまメリーを保護する判断をつけてから撤退した。

 吐き気がする。トーマスは思い通りにいかないことに苛立ちを覚える、が、思考は未だ冷静だ。

 メリーの能力は強力な分、副作用がある。これは進化、退化の両方にあるものだ。

 進化であれば、肉体の急変化。それによる理性の喪失や、異形化、もしくは器の崩壊。しかしこれは時間を掛ければ抑えられる。トーマスはそうして、レベル6下位程度の能力出力を得ている。

 そして退化であれば、例えメリーの能力影響下から離れたとしても、すぐには元に戻らないということ。

 彼女の能力による因子改変効果は、構造レベルの干渉を行う。ただ発動そのものを抑制したり、現実強度を低下させるのとはワケが違うのだ。

 他にも能力者本人であるメリーへの副作用もあり、能力の使用は彼女にとって苦痛そのものだ。能力出力と肉体の強度がまるで釣り合っていない。何よりコントロールができておらず、退化からの進化をしようものなら、対象の急激な変化を制御できず、自壊させてしまう確率が非常に高くなるだろう。

 つまり、先程、メリーの能力を受けた彼らは、まだ非能力者であるということ。元に戻るとしても、最短で一日。まず間違いなく、今ここに戻ってくることはない。あるとしても簡単に殺せる。


「⋯⋯その魔術とやらが何なのか知らんが、僕に敵うと思ってるのか! そんな付け焼き刃でさ!」


 さっきは油断と動揺があった。だから、あそこまで近づかれた。

 けれど、今はもうない。あの程度であれば、全力を出さずとも問題なく対処できる。

 しかし魔術というものがよく分かっていないため、トーマスはミナを全力で叩き潰すことにした。


「付け焼き刃? そうね。わたしは今さっき見たものを模倣しているに過ぎない。⋯⋯でも、不思議なことに、わたしはこの魔術というものが、よく馴染んでいる気がする。魔術なんて、ついさっきまで知らなかったのに」


 あの時、リクの黄金化の魔術に抵抗できたのは無意識だった。だが、無意識であっても、抵抗したという感覚はあった。

 だから魔力というもののコントロールを、理解できた。体が反射でやっていたことを、ミナはたった一回経験しただけで意識的に操作できるようになったのだ。

 そこからは早かった。まるで超能力を使うみたいに、感覚だけで魔力を操作し、見様見真似の術式を展開し、魔術を行使する。

 リクほどの黄金の剣は作れなかった。量も質も、どちらかを取れば、もう片方が劣るようになる。

 なればこそ、ミナは質をとった。たった一本の剣を生成し、残りの魔力を体に回すことで身体能力を上昇させた。


(あれほどの質量攻撃、わたしにはまだ再現できない。⋯⋯それなら、この戦いで⋯⋯)


 リクが恐れたことが、今まさに起きている。

 星華ミナは、全魔術師からしてみればイレギュラー。異常とも言える。

 生まれつきの魔力量に個人差はあるが、それでも、鍛錬した術師を超えることはまずない。ましてや実戦に必要な分すらないことが普通だ。

 にも関わらず、ミナは、初めて魔術を使うというのに、必要な魔力は十二分にあった。


「さっさと殺してやる」


「あなたはわたしが倒す」


 両者、構える。そして、ミナが先に仕掛けた。

 黄金の剣を携え、猪突猛進。考えなしのようにも思われるが、ミナの今の身体能力なら、それが一番有効的だ。

 ただシンプルに速かった。ミナはこの極短時間で魔力コントロール技術を高めていたのだ。

 射出し続けられる剣を、ミナは全て斬り落としながら突っ走る。凄まじい身体能力だ。


(接近されたら不味い⋯⋯!)


 トーマスは少しでもミナから距離を取るために、射出する剣の物量を増加させる。能力の酷使によって軽く頭痛がするが、問題にしていられない。

 しかし、そこまでしてもなお、ミナの足は止められない。彼女はより速くなっている。


「っ──」


「──!」 


 トーマスはミナの間合いに入ってしまった。間違いなく近接ではミナの方が優勢だろう。

 だが、彼は何も対抗策を考えていなかったなんてことはない。手に剣を持ち、ミナの剣戟を弾いた。

 剣を打ち合い、躱し、それらを繰り返す。

 だが、やがて限界が来る。先に息を上げたのは、トーマスだった。


「⋯⋯⋯⋯」


 トーマスはボロボロの剣を投げ捨てた。それは粉々となり消え去るが、代わりに彼の手に新たな剣が生成された。

 対して、ミナの黄金の剣は一度たりとも刃こぼれすらしていなかった。

 ミナは剣を振り上げ、踏み込む。直前よりも速かった。

 トーマスはそれを見越して、躱すでもカウンターを狙うでもなく、防ぐことのみに全力を注ぎ、ミナの一撃を受け止めた。

 力では最早負けている。ミナはトーマスを、剣ごと叩き斬ろうとした。しかし、


「死ね」


 ミナの背後に、幾本もの剣が生成されていた。

 力では、トーマスは負けている。けれど、一秒も持たずに斬られることはない。

 必ず、押し合いになる。そしてそれが、ミナに死を齎さんとした。

 

「⋯⋯⋯⋯」


 だが、射出の直前、その瞬間、トーマスは固まった。生成された剣は能力者からの操作が途切れたことで地面に落ちた。


「⋯⋯っはぁ⋯⋯あぁ⋯⋯んっ⋯⋯」


 黄金化したトーマスの前で、ミナは膝から崩れ落ちる。

 頭が痛い。耳鳴りがする。目がまわる。体が熱くなる。呼吸が荒くなり、意識にノイズが走っている。


「これが⋯⋯魔術の⋯⋯反動⋯⋯?」


 これまでまともに使われなかった魔術を扱う器官を、急に、しかも酷使したのだ。


「黄金化の魔術⋯⋯単純でわたしにも使えたけど⋯⋯」


 発動は簡単だが、制御が難しい。範囲を広げれば広げるほどコントロールに必要な精度が跳ね上がる。今のミナには精々、半径四メートルの黄金化が限度だ。少しでも制御を誤れば、自分ごと周囲を黄金化するだろう危険性があった。


「⋯⋯少し休もう。もう、動けない」


 ミナは仰向けになり、体から力を抜く。閉じる瞼。完全に意識が落ちる前、大きく間隔が短い足音、ミナの名前を叫ぶ声が聞こえた。

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