クズ
堕なの。
クズ
草臥れたオッサン。普段の俺を知る奴は大体そう言う。事実だから否定する気もさらさらないし、そう言われるのも実はそんなに嫌いではない。
三十路、いい歳である。最近田舎の親からの結婚しろの圧も強くなってきた。だがまだ遊んでいたいというのが俺の本音だ。
「今日はどの子に…」
遊ぶ女の子を見定める時くらいは小綺麗な格好でクラブに向かう。一度仕事仲間にこの姿を見られた時は病院を紹介された。まあ、整理整頓なんか出来ない、服に無頓着、数日は平気で風呂に入らない。そんなヤバい男が綺麗な格好で女を漁っていたらどうしたとも言いたくなるだろう。
「みーつけた」
男にフラれたか、微かに残る涙の跡を見逃さなかった。物腰柔らかな笑みを浮かべて話しかける。
「お姉さん、一人?」
「誰?」
怪訝そうに眉をひそめて、警戒心たっぷりの獣のようだなと思う。中々身持ちが固そうに見えて、落としやすい子だろうなと思った。人前で不意に泣いてしまうような子は無理やり甘えさせれば懐いてくれる。
「彼氏にフラれたの?俺ならこんな可愛い子絶対に離さないのに」
じわりと、彼女の目尻に涙が浮かんだ。我慢しようと必死な様はいじらしい。
「これ、使いな。あんま人前で泣くタイプじゃないでしょ」
「ありがと、ございます」
ハンカチを差し出せば、静かに涙を零し始めた。声を押し殺して。ルイ、と時々彼女の口から漏れる名前は元カレの物だろうか。本当に愛していたのだろう。俺には分からない感情だ。
「彼と一周年記念で、楽しみにしてたのに、浮気されてて、しかも私が浮気相手で、何が何だか分からなくて、どうすればいいのか、」
頭の中がグチャグチャで整理出来ていないらしく、口からは次々に言葉が飛び出してくる。悲しみが沢山こもった言葉たちだ。
「好き、だったんです。ずっと、ずっと」
そうだろう、そこまで泣くくらいなのだから。彼女は崩れるようにしゃがみ込んだ。俺もしゃがんで、そこに目線を合わせる。
「大丈夫、俺が慰めてあげる。だから一先ず家に帰ろう。送っていくよ」
そっと抱き寄せた。これから起こることを察したのか、体が緊張で強ばっている。
「別に今じゃないよ」
微笑みかければ彼女もふにゃりと笑った。手をすくい上げて、俗に言う恋人繋ぎをする。
「帰ろっか」
「はい」
悩むような、困るような表情。しかし俺の手をぎゅっと握り返して立ち上がった。
クラブの外は冷たい風が吹いている。肌に当たって寒いが、俺より薄着そうな彼女に上着は貸すことにした。
「家どこら辺?」
「すぐ近くです。歩いて行ける距離」
この近くに住宅はない。つまり歩かされるのだろう。うっかり彼女が隣にいるのに吐きそうになった溜息を飲み込んだ。
五分ほど、会話もなく歩く。目の前から手を振って走ってくる男が居た。何となく、嫌な予感がする。
「ユイ!」
おそらく彼女の名前であろうそれを叫んだ男は俺から無理やり彼女を奪い取った。そして俺を睨みつける。完全に的認定されたなとよく回らない頭で考える。酒ではなく完全に面倒臭い故の弊害だが。
「俺と一緒に帰るので」
「彼氏以外の寄生先?」
このまま彼女だけ助けられて帰るというのも癪なので意地悪を言った。案の定、傷ついた顔をする。
「テメェ、」
「ごめんごめん。じゃ、俺は帰るよ」
あっさりと引いたのが拍子抜けしたのか、彼が追いかけてくることはなかった。別に、近くに男の影がいる女に手を出すほど飢えてもいないし、後々面倒なことになる。
それに、あの女も周りの色んな男に愛を振りまいていたのだろう。あの感じはあんなセコムが他にもいそうだし、彼氏にフラれるのも納得である。
「戻って来ちった」
本気になどならない。一人の女の唯一の男になるなんて、相当難しくて、面倒なだけだとしか思わない。だから俺はまた、別の女の子を探すことにした。
クズ 堕なの。 @danano
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