2話 何れを追う、戴天の狙いは1
各洲の精鋭たちが刃を交わす光景を脇に、山巓陵の奥へと回る。
天覧の舞台から離れた山巓陵の螺鈿の間に満ちる、張り詰めた雰囲気。
気後れする雰囲気の中、咲は深く一礼した。
「遅れました」
「呼びたてたのは、こちらの都合です。
――学院での仕儀は滞りありませんか」
「恙なく」
広間へと膝行で進み、前方へと視線を巡らせる。
奥座の三宮に混じる晶と、視線が交わる。
頤が揺れるだけの首肯。それを皮切りにしたのか、
「……先ず、天覧試合はどうなりましたか?」
「取り敢えず、誰もが試合の余興と思い込んでいるなら、止める方が下策かと。
幼年の部が終わった切り替えに仕掛けられたのが、不幸中の幸いでした」
「
「ならば、舞台の混乱は彼に任せても?」
「過怠なく」
軽く肩を竦めた
追従した
途端、広間に居合わせる誰もの視線が、この騒ぎを引き起こしたものへと集中する。
「さて。色々と仕出かしてくれましたが、善く
――
「はい。戴天家が継嗣、玲瑛と申します。
天覧試合への乱入は、止む無き仕儀故にご容赦を」
警戒も露わとする周へと、立ちあがった戴天玲瑛が深く抱拳礼を返した。
場を騒がせたとしおらしい謝罪に、
「仕儀と云うか、密議の隠れ蓑だろう。戴天家と云ったか? 天覧試合を盾に、
「
――とは云えど、やってくれましたね」
薄く玲瑛が微笑むだけの不穏な雰囲気に、呼ばれた咲は父親へと声を潜める。
「お父さま、どういう事?」
「
……中休みに退屈していた観客を煽ってくれたお陰で、晶くんが相手をしなければならなくなった」
表舞台へ立つ事は控える
薄く引き締めた唇から伝わる怒気に、咲は漸く状況を理解する事が出来た。
密約とは、互いが対等な立場で交わすことが最低条件とされている。
それは何であっても、約定を反故されないための保証と代替されるからだ。
眼前の少女たちは天覧試合に乱入して武力を示す事で、己が対等な立場で臨む使者だと、暗に外堀から埋めたのだ。
観客と一絡げにしても、そこには多く有力な華族たちも居合わせている。
出し抜かれた格好に、
「
「……戴天の継嗣。その家格を保証するだけで、充分に御国としては過分でしょう」
「その家名を知らんのだよ。貴殿を視て判るのは、随分と若輩の使者殿だと云うだけだ」
「――辺境の島は、随分と耳も疎くなったものだな」
嘲る
「天帝の思し召しには
「止めなさい、鋒俊。
――
鋒俊を窘める玲瑛もまた、
立場の上下を固持する玲瑛へと、上座に座る
「……宗主国やらと、意向は別だろう?
「信顕天教?」
「太源真女が伝えたとされる、
南方奥地にある芳雨省に総本山を置く教義でね、戴天家はその宗家だ」
「天教と云う事は、神柱を奉じているんですか?
――伺う分に、
滔々と説明する誉の言葉に、晶が首を傾げた。
東巴大陸に覇を唱える
だが、交易の途絶えた
「
「太源真女は、民を纏めど統治はせず。――その代わりに
「宗家。
誉の台詞の後を継いだ
半神半人は強大な戦力を有しているが、それ以上に、神柱と
そのような存在を他国への侵攻程度に消耗するなど、判断としては狂気の沙汰に近い。
ベネデッタ・カザリーニ。西巴大陸の再統合を目的として、希少な半神半人の派遣を繰り返してきた
「そこが、
「
宗家と名乗っていても、戴天家の立場は神域の外殻を守る八家の立ち位置に近いんだ」
眼前に座る玲瑛たちは、
残るは、彼女たちが交渉に充分な資格を有しているかという点となるが、それ以上に見た目が若すぎた。
軽く肩を竦めて
この歴史的事実を併せて考えれば、玲瑛の立場も確信に至れる。
「信顕天教が先んじて
向こうは論国と手を結んだらしいしね、
「否定はしません。しかし東巴大陸の危急に手を拱きなど出来ませんでしたので。
……事の発端は、半年ほど前の事です」
半年となると、去年の夏ごろ。
確かに
「何かお間違えでは? 規模の大小は有れど、
「そちらは被害が少なかったようですね? 当時ですが、前触れもなく東巴大陸の龍脈経路が切り替わったのです」
「「!」」
次いで放たれた玲瑛の言葉に、晶たちは動揺を隠すだけで精一杯であった。
龍脈を切り替える。――それに関してなら、晶には思い至る節が一つ。
パーリジャータ。そう銘の与えられた28本14対からなる神器の権能は、如何なる流れも制御可能とし得る。
龍脈の経路を
アリアドネ聖教によって引き抜かれた時期も
「龍脈の経路が変わったならば、騒動も想像は付く。
――とはいえ、それらは風水を再計算すれば済む話の筈だろう?」
要は、龍脈の上流と下流が切り替わっただけで、総量が変わった訳ではないのだ。
寧ろ、
だからこの瞬間に至るまで、
「……ええ。私たちも当初、それだけの軽い感覚しかありませんでした」
「その様子からすると、
だけど、論国の行動原理は、資本主義と密接に絡んでいる。交易で充分な利益を得ている現状、論国に戦線拡大へ動く理由はなかったはずだけど」
「はい。論国でも、年々の戦費が嵩むにつれ厭戦の気運が高まっていると聞いています。
ですが龍脈の切り替わった以降で、状況が一変しました」
玲瑛も誉の言葉に同意を返し、胸元から折り畳まれた紙片を取り出した。
複雑に連なる記号の連なり。それは、この場に居合わせた誰もが目にするのも初めてとなる、西巴大陸の術式であった。
「これは?」
「調査の名目で芳雨省へと忍び込んだ、
太極図とは、風水の結果を出すために必要となる計算機である。
結界の構築や龍脈の算出など、その用途が多い道具でも知られていた。
論国としても、
この道具を持ち込んだ理由が、一切不明なのが問題であった。
龍脈を流れる霊力の総量が変わらない以上、論国にとっては結局、お門違いの問題でしかないからだ。
「
自然と、縺れた思考を整理すべく、晶が独白する。
「……要は、論国が龍脈の正確な位置を知ろうとしていると、戴天家は気付いたんだな」
「是。余程に焦っていたんでしょうね。
……理由は、」
「――龍脈が切り替わった時期に近いほど、正確な龍脈の交点が期待できるからか」
玲瑛の言葉を待たず呟いた晶の言葉に、玲瑛を含めた全員の視線が集中した。
晶の想像が正解であると、何よりも雄弁に告げる玲瑛の瞠目。
「夜劔当主。何か判ったのですか?」
「判ったと云うか、消去法です。以前勃発した
「そうですね。太源真女の神域である
晶の消去法に気が付き、
遅れて
「龍脈の経路が切り替わろうが、霊力の湧泉である龍穴の位置が変わる訳じゃない。
切り替わる前後の龍脈経路が把握できれば、その交点の一つが
「恐らくは。
状況は
思った以上に差し迫った状況に、晶たちは視線を交わした。
情報が少な過ぎるのだ。誰もが沈黙を選ぶ中、
「そうは云うが、嬢ちゃんたちは俺たちに何を願う
云っちゃあ悪いが、
「参戦は確かに。が、最悪でも信顕天教との同盟を結んでいただきたく望んでいます」
「ふん。幽嶄魔教と論国が手を結んでいるなら、信顕天教は
「――安売り? どう云う意味ですか」
古くより
「論国が
「ああ。彼女の目的は要するに、
「別にそのような事は期待していません。ですがそうなったとしても、宗主国の存亡を回避するため、従属国たる
「宗主国、ねぇ。
――当時の縁も、そちらの手出しが原因で切れたはずだがね」
「それは解釈違いでしょう。
「――それこそ解釈違いだろう」
静かに
「
先ず、状況整理だ。恐らくだけど、論国の目的は
「どうしてそうお考えに?」
「論国は現在、
……先刻、東巴大陸鉄道とか云っていたが、何処に伸びている?」
「鉄道の先は知りません。それこそ、資本元である
玲瑛が遅れて気付き、晶は嘆息でそれに応じた。
論国が
「パーリジャータが引き抜かれた事で、
それで、論国が攻略に動いたんだ。
――戴天家と云ったな。夜劔家だけで良いなら、同盟を了承するがどうだ?」
急速に大人び始めた少年の眼差しが、異国の少女の眼差しを真っ直ぐに見つめ返した。
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