終 朱の歓喜、玄の慟哭1
「――――あはははははは!!!」
明け透けな笑い声が、伽藍の中に響き渡った。
笑い声に呼応するかのように架けられた風鈴がさざ鳴り、伽藍を華やかな音で満たす。
声の主である朱華は、欄干から外に大きく身を乗り出して食い入るように晶を見つめ、熱に浮かされたように哄笑し続けた。
「見やれ。見やれ、
視線の先に広がる光景は、煌々と天を灼く炎の塔。
そして、剣を振り上げた姿勢のままの晶。
欄干から外へ半分以上身を乗り出し、そこに居ない晶を
「……おめでとうございます」
――
己が奉じる
百年に一度、
精霊を宿さずに生まれるというその者は、
精霊を宿さないという事実が意味するものは、精霊に依らず己の意思だけで世界に立つことが許されるほどの強靭な器であるという事。
その身命は、一個の世界と等しく。
――そう。つまりは、神柱を宿すことが可能なほどの器であるという事だ。
「
妾だけの
――誰にも渡さぬ。
「
高天原を二分しかねない危険な発言に、
その言葉通りに事を進めてしまったら、間違いなく義王院が敵に回る。
その先は、
それだけは、
「……何じゃ、興が削がれるのう」
高揚した気分に水を差されてか、可愛らしく唇を尖らせる朱華に、
「
高天原を千々に乱すのは、
「じゃが、それでは
「……ですから、
こちらには、晶さんの長期滞在と、華蓮で空の位に至ったという事実が
充分に交渉の余地はあるかと」
「むぅ、片時とて手放すのは惜しいのう」
一理あると見たのか、執着を見せつつも即断に切って落とすのではなく悩む様子を見せる。
元来、
その習わしに従うならば、晶の所在は
だが、雨月のしでかしたことが推測通りであるならば、晶の身上は雨月から追放されているはずで、
晶は義王院と婚約関係にあったが、同時に雨月にその身柄を置いていた。
八家管轄の領地内はある程度の自治が認められている以上、その処遇を決定する権限を持っているのは最終的に雨月になる。
詰まる所、晶の所在を宣言する権利は、國天洲と珠門洲両方が混在して持っているというのが現状だ。
雨月の暴走と失態。
これを許してしまった以上、晶との関係に対する原状への完全な回復はおそらくはほぼ不可能に近い。
理性が残っているのなら、義王院も交渉の卓に着く提案を無碍にはできないはずであった。
それに、義王院が強く申し出られない理由がもう一つある。
「いくら習わしを前面に出して義王院がゴネてきても、最終的な意思決定は
晶さんを繋ぎ留められなかったのは、義王院の、延いては
交渉の卓を無視して
――
良くも悪くも、精霊に、そしてその土地に縛られて生きる
だからこそ、
真実、それ以外の手段では晶を留めておけないから、半狂乱になって自身が持つものを与えて晶を満たすのだ。
それを怠った
義王院との関係性は悪化するが、直接の対立は避けられるだろう。
「ま、良かろ。
必死になって
朱華の許しが出たことで、
これで、義王院との交渉に少しは希望が見えたのだ。
僅かながら最悪の事態に陥る可能性が遠のいたことを、
「――じゃが、晶の気持ちをこちらに傾ける努力は良かろう?
妾とて久方ぶりの
「はい、そちらの方はごゆっくりと」
深々と頭を下げて、朱華の意を受け入れる。
何しろ、この問題の根深さはともあれ、解決の糸口は晶の気持ちにこそあるのだ。
義王院との交渉を優位に進めるためにも、晶の気持ちを
「それでは、事後処理がありますので、今宵はこれで御前を失礼させていただきます」
「うむ。
……そうじゃ、時に
其方の伴侶選考は、何時であったかの?」
「……
「左様か。
分かっておるとは思うが、
其方の伴侶は、晶に決定とする」
「承知いたしました」
さらりと告げられた朱華からの勅令を、
それは、神代と現代を繋ぐ契約の一端として、古に神柱と三宮四院八家の間に交わされた約定の一つ。
神代の終わりより四千年、それは神柱の分木である三宮四院としても余りにも永い年月である。
三宮四院の血は半神半人を受け継ぐものであり、人の世と神柱を繋ぐ楔であるが、どれだけ強固な繋がりであろうともこの年月の前には
劣化する神の血縁を現世に繋ぎ直す方法はただの一つ、
神柱と
伝承に曰く、それを成したのは高天原央洲を司る神柱と、空の位に至ったという
晶は、歴史上で二人目となる、空の位に至った
それこそ、
「できれば義王院との交渉に入るまで、晶さんが國天洲に居られないという事実を悟られないでいたいものですが」
「無理じゃな。
昨日までは判らんが、間違いなく今は
「理由をお訊きしても?」
「簡単じゃ。
晶が
故に、晶が
加えて、昨夜には魂石の繋ぎを新たなものに継ぎ変えている。
――どう足掻いても、一両日中に
「…………では、急がねばなりませんね。
表立っての行動ができない以上、義王院への接触は
「うむ。よしなにの」
現在、12歳の
13歳となる義王院静美も同様に、同校の中等部に籍を置いていた。
家格が同じで年齢も近いため、二人の交流はそれなりにあった方だ。
よほどの下手を打たない限り、学院での内密の接触はそう難しいものではないだろう。
今はその幸運が、
一礼して、伽藍から去る
炎の尖塔が天を灼く姿はすでに薄く朧に消えかけていた。
一帯を覆っていた朱金の輝きは、靄のように川の周囲に漂うだけ。
全力を絞り尽くしたのか、尖塔を生み出した晶は塔があった場所で剣を振り上げた姿勢で固まっていた。
その何処までも愛おしい晶の姿に、
「嗚呼、晶や。
――妾は、其方を祝福しよう。
――見やれ、精霊の慶びを。
――聴きやれ、珠門洲の
狂おしいほどの想いのままに、珠門洲を司る火行の大神柱たる
「――故に、妾を愛してたもれ。
大神柱の神気さえもその身に宿す事が赦された
神代の担い人。
杭の打ち手。
そして、
――神々の伴侶。
その呼び名に相応しくあれと、ただただひたすらに
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