第12話
◇◇◇
そして、あっという間にその日がやってきた。
“待ち合わせ場所着いたよ、待ってる”
スマホを開き、栗花落へラインを送る。
「ふぅ……寒いな、やっぱり」
徐々に道端に雪が積もり始めている十二月中旬に差し掛かった今日。
俺は栗花落の友達とやらに顔を合わせるべく、近場の居酒屋の前のベンチに座っていた。
地下鉄最寄駅から徒歩十五分。
近場と言うのには少し遠すぎるかもしれないが、それでも少人数で飲むならここしかないと言えるこじんまりとした居酒屋。
来るのは実に二か月ぶりだったが、酒の味も、つまみの味も別格で、それでいて混むことも少ない。
言うなれば穴場スポットでもある。
なぜ、そんな場所に来ているのか。
その理由を一言で言ってしまえば、栗花落の優しさだろう。
個人的にはてっきり駅前の居酒屋にでも行くものだろうと思っていたのだが、誘ったのは自分だからと近い場所でいいと連絡をくれたのだ。
正直、そこまで気を使わなくてもいいのになと思ったが、栗花落のご好意を無碍にはできず。
結局俺はその誘いを承諾し、家から近めで、それでいて美味しくお酒を飲める場所をチョイスしたわけだ。
腕時計を見ると時間は十九時を過ぎたところで。
ちょうど俺のスマホがブルっとバイブし、”もうすぐですすみません!“とラインが返ってきた。
文面からも急いで走っているのが目に見えて、すぐに”ゆっくりでいいよ”と返信をし、それから数分後彼女たちの姿が見えてくる。
「せ、先輩っ……お、おくれ……っはぁ、まし……たぁ」
「す、すみません……っう」
というわけで、顔を見せた二人。
栗花落も、おそらくお友達である方も髪も服も乱れて、膝に手をつくように頭を下げていた。
「お、おい……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……それよりも、遅れ、ちゃって……」
「いやいや、送れたことは気にしてないから大丈夫だって。それよりもほら、一旦落ち着いて」
さすがに、ぜぇぜぇはぁはぁがマラソン選手並の二人をそのまま居酒屋に入れるわけにもいかず、深呼吸をさせて落ち着かせる。
「——よし、どうだ?」
「落ち着けました……すみません、遅れてしまって」
「う、うちからも……すみませんっ!」
息切れが収まると今度は頭を再び下げて謝ってきたので、俺は首を横に振った。
「いいから、気にしないで。俺もさっき来たばっかりだし」
「そ、うなんですか?」
「あぁ。とりえあず、寒いし中に入ろう」
「あ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます!」
「ん、あぁ」
栗花落が静かに感謝するとすぐに隣の友達さんがにっこりと笑みを浮かべる。
テンションの差に少しだけ惑わされながらも、先陣を切って暖簾をくぐることにした。
◇◇◇
「えっと、普通に頼む感じで大丈夫?」
「うちはそれでも大丈夫ですよ〜!」
「了解、栗花落は?」
「えっと……あぁ、んと、大丈夫です」
居酒屋の奥、少し大きめな六人用のお座敷席に腰を下ろした俺たちは早速手書きの粋なメニュー表を開いて目を通した。
二人に確認をすると、栗花落の方が少し間をあけて答える。
「栗花落、大丈夫か?」
ボーっとした表情から、少しだけ頬が赤くなり視線をなぜか合わせてくれない。
「……えっ、あ、いや、なんでもないです!!」
俺が心配しながら尋ねると栗花落はハッとしたのか、肩をびくりと震わせて頭を激しく横に振る。
どうしてかは分からなかったが何でもないと言うのなら問題はないだろうと目をつぶった。
「そうか、ならいいんだけど。店員さーん」
「(……あれぇ、ことっちぃ?)」
「(う、うるさいわよ)」
「(何をぉ~~心臓バクバク聞こえるわよ?)」
「(っ)」
手を上げて店員を呼ぶとすぐに若いお兄さんがやってくる。
そんな傍ら二人が何かを言い合っているのが聞こえたが、何を言っているかまでは分からなかった。
しかし、店員さんの前では聞けず俺は続ける。
「注文いいですか?」
「こちらおしぼりです。ドリンクはそちらのメニュー表からお願いします」
にこやかな表情で、しかし俺の目の前の二人をチロチロと目で追っているのが見える。
まぁ、二人とも美人だからな。
少しあからさまで注意したくなったけど、大学生だろうし、俺も分かるしと無視をする。
「じゃあ、いいかな?」
「はいっ」
「俺はウーロンハイで……えっと、二人は?」
「私は……カシスオレンジで」
「うちは梅酒ロック!」
「承知しました。ウーロンハイとカシスオレンジ、そして梅酒ロックで間違いありませんか?」
「はい、お願いします~~」
律儀に注文を繰り返し、戻っていった。
ここの店員さんはお客さんが少ないことからすぐに来てくれることがやはりいいところだ。
大抵駅前の酒場なら数分はまたされるし、二人には悪いけど来てよかったかもしれない。
なんて考えていると前から声がかかった。
「そういえば、自己紹介まだでしたよね」
「ん、あぁそう言えばそうだったな」
あまりにも自然すぎた流れですっかりと忘れていたが、今日はただ飲みに来たわけではなかった。
こくりと頷くと、まずは最初と言わんばかりに身を乗り出してきた栗花落の隣の友達さんが先陣を切る。
「はいはい! えっと、今回の言い出しっぺなんですけど……三澄純玲って言います! ことっちとは大学一年の時から一緒で、今では同じ会社の経理部で仕事している仕事仲間でーす」
元気よく声を上げる栗花落の友達、三澄純玲さん。
黒ニットの栗花落に対して、彼女はベージュの長袖に下はチェック柄のロングスカート。
黒髪を後ろで三つ編みにさせたハーフアップで、垢抜けた少し明るくなった栗花落とは違って清楚感漂う大人な女性を連想させる。
純怜って感じの名前が見た目通りで、栗花落同様に合点がいった。
「三澄さんでいいのかな?」
「え、そんなそんなぁ~~せっかくなんですし、うちのことは純玲って呼んでくれませんか?」
「えっちょ、さすがに」
「いいからぁ~~~」
しかし、そんな清楚系の見た目とは裏腹に性格は逆をいっていた。
元気、というよりもグイグイと来る彼女に俺は押され気味で手を挙げる。
すると、横から声がかかったのか三澄さんは栗花落に顔を向けた。
「(ちょっと……もう少し落ち着きなさいよ)」
「(え、いいじゃんっ。だって二人とも付き合ってないんでしょ? それじゃあ私が狙っても)——ってう⁉」
「(い、いい加減にしなよ)」
するとその瞬間。
気がつけば、身を乗り出していたはずの彼女がいつの間にか視界から消えるようにその場にへたり込んでしまった。
長い黒髪が揺れて、テーブルの下の方へ。
どこか栗花落の手のようなものがお腹当たりにめり込んでいたような気がしたが彼女に限って暴力を振るはずがない。
いきなりお腹でも痛くなったのだろうかと少しだけ身を乗り出して声を掛ける。
「え……あ、三澄さん、大丈夫?」
「大丈夫です。先輩」
すると、返ってきた言葉はなぜか隣に座っている栗花落からだった。
「いや、俺は一応三澄さんに」
「とにかく、大丈夫ですっ」
抵抗するように手を掴むのが見えて、不安になり三澄さんの方を見ようとするとさらに栗花落がそれを遮る様に身を乗り出した。
「だ、大丈夫……じゃぁ」
「えっ」
「先輩?」
小さな声が聞こえてきて、ハッとするとそんな俺にかき消す様にまたしても栗花落が声をかけてきた。
どうかしましたか、先輩?
と言わんばかりの圧力で俺の方を見つめてくる表情は満面の笑み。
しかしどこか笑っていない、睨むような眼力に押されて背筋がゾワリと身震いをしたところで目を逸らした。
「それで、先輩のほうは?」
「ん、あぁ、そうだな」
女怖し。
なんて思いながら、咳払いをして改めて挨拶を始める。
「えっと、俺は聞いてるだろうけど。藻岩哉です。栗花落と同じ高校出身の一個上かな。今は駅前の〇〇ってところで半導体の研究してます」
「へ、へぇ……研究員さんなんですね?」
「うん……って、大丈夫なの、三澄さん?」
「はい。大丈夫です、先輩」
「いや、え、えぇ……」
またしても途中で遮ってくる栗花落に少し恐怖心を抱きつつ、二人に訊ねた。
「えっと、二人はいつもこんな感じなんですか?」
「いやいや今日は藻岩さんと飲めるからって張り切っていて——うぐ!」
——ドス。
今度の今度こそ聞こえてきた鈍い音に、背筋が固まる。
「え、っと……栗花落?」
「はい?」
「いや、はいって……何その、拳」
今度こそは隠す素振りなど見せず、堂々と俺の目の前に硬く握りしめた拳を見せてきた。
「は……ははは」
それを見て、何も言い返せず。
俺はただただ、記憶に刷り込まれることになった。
————栗花落って、たまに怖いということを。
「えっと……ウーロンハイとカシスオレンジ、梅酒のロックです……あ、あの、ごゆっくり」
タイミング悪くやってきた大学生店員は顔を歪ませ、俺達の前にお酒を置き、目の前で見た傷害事件から逃げるように立ち上がり去っていく。
そうして、一人がダウンする中。
俺と栗花落のグラスが音を鳴らし、静かに三人の飲み会が始まったのだった。
あとがき
コメント色々とありがとうございます。レビューもありがとうございます!
それと……三人以上の会話って難しいですね。まだまだです。
面白いな、続きが読みたいなと思ったらぜひ、フォロー、応援、コメント、そしてレビューしていただけると嬉しいです!
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