Tier61 面会禁止
「お久しぶりです、伊瀬さん」
待合室に戻ると、なぜかそこには早乙女さんがいた。
「お、お久しぶりです……あの、どうして早乙女さんがここにいるんですか?」
「奇遇ですね」
「え? たまたま仕事か何かで来てたんですか?」
「ふふ、冗談ですよ。今日はマノさんからお願いされた件について報告するために来ました」
僕は上品な笑いと共に早乙女さんに軽くからかわれた。
「わざわざ来てもらって、すみませんね」
「いえ、これも仕事の内ですから。それにしても、こんなに早くお願いされるなんて思ってもみませんでしたので、少し驚いています」
「迷惑でしたか?」
「そんなことはありません。むしろ私の力でお役に立てるなら、いつでもお呼び頂いても構わないくらいです。今回のところは、私の力だけではなく榊原大臣のお力添えもありますけれども」
早乙女さんは伏し目がちに言う。
「えっと、マノ君がお願いしたことって何ですか?」
早乙女さんがこの東京拘置所に来ているということは誰かとの面会が目的なんだろうけれど、僕には広崎さん以外に面会するような重要人物は思い浮かばない。
「それは特例の場合を除き完全面会謝絶となっている、ある人物との面会です」
「面会謝絶というか面会禁止ですよね? 向こうが会いたくないって言ってるんじゃなくて、上が誰にも会わせたくないだけじゃないですか」
「捉え方はご自由になさって頂いて構いません」
「日本人って曖昧な表現好きだよな~」
マノ君が悪態をつく。
基本的にマノ君は上の人達にあまり良い感情を持っていないようだ。
「それで、ある人物って誰なんですか?」
上の人達が誰にも会わせたくないような人物だなんて、一体どんな人物なんだろう。
「平川第五中学校爆破事件時に八雲を処理するため『六七部隊』を結成し、作戦の立案・指揮を執った人物であり、八雲を最も追い詰めた人物でもあります」
あの八雲を最も追い詰めたなんて、とんでもなく優秀な人なんだろう。
だとしても……
「八雲を殺すために40人近くの人の命を犠牲する作戦を立てた張本人ってことですか?」
「そうです。元々、前任の大臣から八雲を処理するための犠牲は問わないという命令の下で動いていたようですが、具体的な内容は彼の独断によって決められています」
「犠牲は問わないですか……だから、40人近くの命は取るに足らないと……」
犠牲者を無くすという考え自体が、端から無かったなんて……
「これは私の一個人的な見解なのですが、彼は少しでも犠牲者を少なくなるように試行錯誤を繰り返していたように見受けられます。その結果から導き出された最小限の犠牲者数が40人だったんでしょう。もしかすると、彼だから40人という犠牲者数で済んだのかもしれません」
「最小限の犠牲者数……最小限の数……数じゃないでしょ! いくら八雲を殺すためだからと言って、犠牲者を出していいことにはならないはずです! 犠牲者なんか1人も出していいわけないんです!」
声が反響するぐらいの勢いで僕は叫んだ。
「おい、伊瀬。それを早乙女さんに言ったってしょうがねぇだろ。言うべき相手はこれから会いに行く奴だ。そういうのは、そいつに会ってからにしろ」
「……うん、そうだね。ありがとう、マノ君。ごめんなさい、早乙女さん。こんなこと、早乙女さんに言うべきじゃないのに。ただの八つ当たりみたいなものでした。本当、すみません」
僕は早乙女さんに頭を下げる。
「謝らないで下さい。伊瀬さんは何も間違ったことはおしゃっていません。伊瀬さんの言う通りなんです。政治というものは最大多数の最大幸福を基準に物事を考えます。しかし、政府というものは本来全ての人が幸せになるように考えなくてはいけないんです。それが出来るようになるまで努力を続けるべきなんです」
早乙女さんの真っすぐな瞳に引き込まれそうになりながら、僕はこんな人が大臣の側で働いてくれていることに心底嬉しさを感じた。
「その、熱く語っているところ申し訳ないんだが、早く会わせてくれないか? 早乙女さんがここに来てるってことは面会の許可は下りたんでしょ?」
「ええ、そうです。条件付きではありますが、許可は下りました」
マノ君に熱く語っていると言われて、一瞬耳がピクリと動いた早乙女さんだったが、すぐに持ち直して平常運転に戻った。
「条件?」
「はい、まず一つは面会時には私の立ち会いの元、マノさんと伊瀬さんの3人のみとします。よろしいですか?」
「別にそのくらいはなんとでもない。で、二つ目は? まず一つはって言うくらいだ。まだまだ、あるんでしょ?」
「いえ、次の条件で最後となります。……意外でしたか?」
マノ君の右眉が上がったのを見て早乙女さんが伺う。
「あぁ、正直言えば意外だった。殺されもせずに社会から隔離されて監禁状態の奴に会わせるって言うんだから、かなりの条件を突きつけられると考えていたから少し拍子抜けだ」
「そう、考えてしまうのも分かります。ですが、次の条件を聞けば納得されると思いますよ」
「へぇ、何ですか? その納得出来る条件って?」
「その条件はマイグレーションを決して行わないことです。マノさんにとっては、予想通りかと思います。今日の広崎光に対するマイグレーション使用許可に付随して、任意の人物1人に対しても使用許可を申請していましたね」
マノ君は表情一つ変えずに僅かの間、沈黙した。
「……ま、そうなりますよね。広崎へのマイグレーションを認証した時に、そっちのことについては一切触れられてこなかったんで薄々気付いてはいたんですけどね」
「先程、マノさんは条件がまだまだあるのではと言っていましたが、あれはブラフですよね?」
「そこまで、見抜いてて俺を泳がせるなんて早乙女さんも人が悪い。まぁ、無駄な足掻きだとは思ったんですけどね。分かりました。その条件で結構です。俺としては、上がマイグレーションさせたがらないってことがはっきりしたというだけで十分です」
「と、申しますと?」
「マイグレーションをすれば、俺は相手の記憶を全部見れる。そうなると、俺達みたいな下っ端には見られたくない情報の入った記憶も一緒に見られてしまう。八雲を一番追い詰めた人間の記憶から得られる詳細な情報は貴重だが、それよりも見られてはいけない情報の方が比重が重い。いや、殺されずに生かされているってことは何らかの情報を聞き出せずにいるが、それを得るためだとしても俺に記憶を全て見られるというのはまずいってことですかね?」
「……申し訳ありませんが、私にはお答え出来ません」
「本当は知ってるくせにと言いたくなるとこですが、おそらく本当に早乙女さんは核心の部分は何も知らないんでしょうね。なんなら、榊原大臣も知らないんじゃないんですか?(……となると、奴が殺されないのは榊原大臣が保護しているからか? マイグレーションを止めたのも、その辺のバランスを考えて現時点では危険と榊原大臣は判断したってところか?)」
マノ君が最後に言った内容は、とても小さな声で独り言だったため本人にしか聞こえなかっただろうが、僕にはどうにか聞こえた。
「それについてもお答え出来ません」
「あ〜分かってます。とにかく、会わせて下さい。会って、話してみないことには始まるものも始まらない」
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
早乙女さんに導かれて僕達は、平川第五中学校爆破事件の最も中心にいた人物に会い行く。
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