Tier55 指示
凍り付いた六課の空気が何事も無かったかのように溶け出すまで、そう時間は掛からなかった。
「現段階じゃ、マイグレーターが関与しているか、いないかの確証が無いんだから捜査
マノ君が自然に話を進めたので、六課の空気が一気に元に戻った。
「そうだよな。マイグレーターが関与してない限りウチに捜査権は無いしな」
丈人先輩もマノ君の流れに乗った。
その反応を見て、手塚課長の目元がキラリと光った気がした。
「その点に関しては私から説明しよう」
そう声がして振り返ると、深見さんが六課に入って来ていた。
僕は深見さんがいなかったことに今更ながら気付いた。
「あれ、深見さんどこ行ってたんですか?」
「それも説明を聞けば分かる。手塚課長、これお願いします」
深見さんはいくつかの書類を手塚課長に手渡した。
「わざわざありがとうね、深見君。許可は下りたみたいだね」
「はい」
「許可って、何の許可ですか?」
美結さんが気になったのか、身を乗り出して尋ねる。
「広崎光への面会とマイグレーション使用の許可だ」
「え!?」
思わず声が漏れてしまった。
広崎さんにマイグレーションを使用する許可?
いったい、何のために?
広崎さんとマノ君の体を入れ替えることに何の意味があるんだろうか。
「なるほど……ってことは、榊原大臣のとこに行ってたんですね」
「そうだ」
深見さんは頷く。
「渋谷スクランブル交差点通り魔事件のマイグレーター関与の有無を明確にするという目的で、広崎光への面会とマイグレーション使用が許された。ただし、広崎光に対する身体的接触は認められない。そのため、面会室のガラス越しにマイグレーションをやってもらうことになる」
「となると、広崎にマイグレーションするのは俺がやるってわけですね。六課の中じゃ、俺しか相手の体に触れないでマイグレーション出来ませんからね」
「おい、マノ君! 俺だって出来るよ!」
自分を忘れるなと言うように丈人先輩がツッコむ。
「丈人先輩は一回使ったら、その後使い物にならないじゃないですか。こんなことに使って、いざという時に使えないなんていう馬鹿な話は無いですよ。俺は一回くらいじゃ、そんなに影響は出ないから大丈夫です」
「それは、そうだね。ここはマノ君に任せるよ。あれ、やった後が本当に辛いんだよな~」
マノ君に任せた丈人先輩は嘆いていた。
「やりようによっては、佐々木でも市川でも問題はないのだがマノがやることに越したことはないだろう」
深見さんもマノ君に任せるということのようだ。
「分かりました。広崎への面会とマイグレーションは俺がやります」
「よし、広崎のとこへは午後からにでも行ってくれ。私はまだやることが残っているから、後は手塚課長の指示に従え。せっかく、マイグレーションするんだ。手掛かりはキッチリ掴んでこい」
「了解」
マノ君への深見さんの指示を聞いて僕は広崎さんにマイグレーションを使用する意味が分かった。
マイグレーションをして広崎さんから得た記憶からマイグレーターの関与を明確にし、関与していた場合は今回の事件を引き起こしたマイグレーターに繋がる手がかりを得るためだったんだ。
マイグレーションは体の入れ替わりというイメージが強くて、記憶とかのことについてうっかり考えから外れていた。
「すみません、手塚課長。後、頼みます」
「うん、深見君も頑張ってね」
深見さんは必要なことだけを言って、さっさっと六課から出て行った。
「本当に、どっちが上司なんだか分かんなくなっちゃうよねぇ~」
手塚課長が情けなさそうに笑いながら、こぼしていた。
「上司とか部下とか、そういうのを関係なく捜査に専念させてくれる手塚課長だからこそ、深見さんは手塚課長を信頼しているんだと思いますよ」
市川さんは本気で、そう思っている口ぶりだった。
他の皆も異論は無いみたいだ。
「そうかい? そうなら良いけどね」
手塚課長は少し嬉しそうに言った。
「それじゃあ、改めて。マノ君はこのまま広崎への面会だね。あと、伊瀬君もマノ君と一緒に行ってもらおうかな」
「わ、分かりました」
僕も広崎さんの面会へ行くと思っていなかったので、ちょっとびっくりした。
マノ君は僕も同行すると分かっていたのか、すぐ出れるように準備をしとけと目で合図をしてきていた。
「あ、マノ君。今回は緊急時じゃないから、マイグレーションを使用する前には認証よろしくね」
「わかってます」
「あとの皆は、マノ君からの報告が来るまではこれと言って出来ることはないからなぁ……どうしようかなぁ……」
手塚課長がホワイトボードに向き合い僕達に背を向けて考え込んでいると、僕とマノ君だけじゃなく他の皆も六課を出る準備を始めた。
そして、手塚課長が話終わる前に気付かれないように皆が六課から出て行く。
僕もマノ君に引っ張られて、半ば強引に六課から出た。
後で、聞いた話によると手塚課長があんな風に考え込む時は確実に寒いギャグをする時なのだそうだ。
それにしても、僕は手塚課長が少し気の毒に思えた。
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「あとの皆は、マノ君からの報告が来るまではこれと言って出来ることはないからなぁ……どうしようかなぁ……」
ホワイトボードを眺めながら、私は次なるネタを考えていた。
さっきは、マノ君に華麗にスルーされてしまったからね。
今度こそは、皆がクスリと笑ってしまうようなネタにしないとね。
そう思案していると、ある単語が私の目に留まった。
うん、これで行こう。
絶対の自信を持てるネタが浮かんで来た。
「
自信満々に振り返りながら言うと、そこには誰もいなかった。
「あれ? 皆いないの?」
しんと静まり返った六課に私の声だけが響く。
「いつの間に皆、行っちゃったのかなぁ? でも、お決まりと言えば、お決まりだよねぇ~」
目から溢れそうになる汗を抑えながら、私も深見君から貰った書類を持って六課を後にしました。
「あ……深見君に頼んで私が直接行かなかったの怒っているかもなぁ~。今度、謝らないと……」
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