Tier37 トロッコ問題
「それで、何で自動運転の実用化は難しいんだ? 技術的にはだいぶ実用化に近づいているんじゃないのか?」
マノ君が口火を切った。
「そうだね。技術的な面から言えば、完全自動運転車の実現は可能だと思うよ。現にもう、自動運転レベル4の導入が行われているからね」
「あの~自動運転レベル4って何ですか?」
聞きなれない単語に僕は男の人に説明を求めた。
「すまない。いきなり、こんなことを言われても分からないよね。自動運転レベル4というのは『自動運転車(限定領域)のことでね、決められた条件下でのみ全ての運転操作を自動化するんだ。決められた条件下というのは例えば高速道路とかね。緊急時の対応も自動運転システムが全て行うからドライバーが介入する余地は一切ないよ」
「へぇ~レベル3があるなら1とか2もあるってことだよね?」
美結さんが「仮〇ライダー2号がいるなら1号もいるはず」みたいなことを言った。
「もちろん。自動運転レベルは0~5まであるよ。レベル0は『運転自動化なし』。自動運転する技術が何もない車のことだね。レベル1とレベル2は『運転支援車』。レベル1だと車線から逸脱すると自動的に修正するステアリング補正システムや前にいる車との車間距離を保つ加減速調整システムとかがあるかな。レベル2ではレベル1の個々に独立していたステアリング補正システムと加減速調整システムが相互に連携をとるようになるんだ。レベル1もレベル2も自動運転がドライバーにとって代わることはなくて、あくまでドライバーのサポートなんだ。レベル3は『条件付き自動運転車(限定領域)』。レベル3もレベル4と同様に高速道路などの決められた条件下で全ての運転操作を自動化されるんだ。ただし、レベル3では決められた条件下でも緊急時にはドライバー側が操作しないといけないんだ。レベル4についてはさっき説明した通りだよ」
男の人はここで一息ついた。
そして、自分の話に僕達がついてこれているかどうか確かめていた。
僕も他の皆がどのくらい男の人の説明についてこれているのか確かめてみた。
マノ君は話半分で聞いていたような様子だった。
おそらく今の男の話はマノ君も知っていたのだろう。
市川さんは納得顔をしており、理解度は僕と同じくらいな感じだった。
美結さんは……なんとか話にはついてこれているようだ。
「そして最後にレベル5。レベル5は『完全自動運転車』。条件なく、どんなところでも全ての運転を自動化出来る車だ。ドライバーのいらない、まさに自動運転車の理想形だね」
完全な自動運転の車が完成すれば、それは超スマート社会の第一歩になると思う。
「技術面については時間の問題だということは分かった。なら、一体何が問題だと言うんだ?」
確かに、技術面での問題がクリア出来るというのなら他にどんな問題があると言うのだろう。
「それは自動運転という技術を運用する側に問題があるんだ」
「どういう意味だ?」
「そうだなぁ、例えば倫理面。こんな状況を想像してみて。完全自動運転車が当たり前になった近い未来で、ある一台の走行中の自動運転車が外部からの強いアクシデントによって事故が起きてしまった。目の前には5人の人がいて、このままでは轢いてしまう。ハンドルを切って回避しなければ、この5人はおそらく命を落としてしまう。けれども、5人を回避するためには回避した先にいる1人を轢かなければならない。つまり、5人の命を助けるためにハンドルを切らなければ轢かれることのなかった1人を犠牲にしても良いのかということだね」
「トロッコ問題か……」
マノ君の呟きに僕だけじゃなく、美結さんも市川さんも反応した。
どうやら皆、一度は耳にしたことがあったみたいだ。
トロッコ問題とは、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という倫理学の思考実験のことだったはず。
その思考実験が自動運転に関係してくるとは思ってもみなかった。
なんとなく、科学的要素が強く感じられる自動運転と倫理学が上手く結びつかなかった。
「君達はどう思う?」
男の人は僕達を試すように投げかけてきた。
「……単純に数的処理として考えるのなら、1人を犠牲にして5人を助けるだろうな」
「そういう風に思うのも分かるよ。でも、その1人は本来は轢かれるなんてことはなかったはずなんだよ。5人を助けるためだからといって犠牲にならなきゃいけないなんて……もしもアタシだったらって考えるとやっぱり嫌だよ」
マノ君の意見に美結さんは反対する。
「そうだ。完璧に数的処理として考えようとしても、俺達には感情がある。どうしても犠牲となる1人に感情移入してしまい、数的処理としての判断が大きく揺らいでしまう。ましてや、運命論なんて出された折には到底判断なんかすることは出来ない。どっちの判断も決定打になるほどの正しさも間違いも無いからな」
二人の意見を聞く中で僕は判断が出来ずに、どんどんと深みにはまっていくようで何も言えずにいた。
それは僕と一緒に黙っていた市川さんも同じのようだ。
どんな結論も全て正しくて全て間違っている、そんな感覚が頭の中で広がっていくのが分かった。
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