Tier35 モノレール

 マノ君と美結さんの口論をBGM替わりに聞きながら僕達はモノレールの駅まで来ていた。

 近くにはちょっとした広めの公園があり、数人の子供達が走ったりして遊んでいる。


 モノレールの線路の先はちょうどこの駅で分岐しており、僕達は分岐して外れた方の線路に沿って歩いて来たみたいだ。


「向こうの方向って、学校がある方だよね?」


 僕は大通りを直進するように通っている線路の方向を指さしながら誰に聞くわけでもなく言ってみた。

 いい加減にマノ君と美結さんの口論を止めさせたかったのもあるけれど、純粋に見慣れない景色に興味があったのもある。


「そうだよ。三つぐらい先の駅に行ったら、もう学校だよ」


「へ~、意外と学校まで近いんだね」


 僕の独り言みたいな質問に市川さんが親切に答えてくれた。


「今、僕達が来た方はどこに行く方面なの?」


「そっちは別にどこに行くというわけでもねぇよ。モノレールの基地に繋がっているだけだ」


 マノ君が美結さんとの口論をやっと中断して、僕と市川さんの話に入って来た。


「えっ、そうなの!? てっきり、青梅の方まで行くと思ってたよ」


「青梅は中央線とかがあるからモノレールを通す必要はないだろ。何のためのモノレールだと思ってんだ? 普通の電車の線路を敷くことが何かしらの事情で困難な場所だからモノレールがあるんだろ?」


「うっ、確かに……」


 正論過ぎて、ぐうの音も出ない。


「へ~、あっちって基地があるだけなんだ~」


 僕の近くで、そんな声が聞こえた。


「おい、ちょっと待て。まさか、お前知らなかったのか?」


「まぁ、うん」


 そんな声の主は美結さんだった。


「知らなかったって……お前この辺に来て何年だよ!? これだけ時間が経ってんのに何で知らねぇんだよ!」


「いや、ほら、知らなったのはあの先にモノレールの基地があるってことだけだから」


「そこが問題なんだよ」


「それにあの先が青梅の方まで行っているとはアタシだって思ってないよ」


「なら、お前はあの先に何があると思っていたんだ?」


「何っていうか……単純にあっちの方まで線路が続いているなぁ~って思ってただけかな」


 もしかすると、美結さんは天然というやつかもしれない。


「……は~」


 呆れて物も言えない様子のマノ君は耐え切れずにため息を漏らした。


「ちょっと、何よそのため息。アタシ、何か変なこと言った?」


「いや、もういい」


「もういいって、何でそんな投げやりな態度なのよ!」


「大丈夫だよ、美結。美結はそのままでいいから」


「え? そのままでいいって何がそのままでいいの?」


 一人だけ何も分かっていない美結さんが訳が分からないという顔で質問を続ける。

 けれど、市川さんは何も言わずに黙ってうんうんと優しく頷くだけで美結さんの質問にまともに答えることはしなかった。


「でもよ、本当にモノレールを通してやんなきゃいけないのは隣の市だけどな」


 半笑いの笑みを浮かべながらマノ君が言った。


「武蔵村山市のこと?」


「あぁ、東京都内で唯一電車が通ってないとこだからな、あそこは。あと、国道も通ってなかったっけか? どちらにしろ、そんな場所が東京にあるんだ。驚きだろう?」


「うん。でも、それ本当なの? すごい山奥のところとか、過疎化が進んでいるようなところなら分かるけど山奥でもない、しかも東京でそんなところがあるとは信じられないんだけど……」


 僕はマノ君がからかっているだけなんじゃないかと疑ってしまう。


「それが本当なんだよな。だから言ったろ、23区外は東京じゃないって」


「いや、それは暴論過ぎると思うけど……電車が通ってないっていうのは本当なんだよね。アタシも初めて聞いた時はびっくりしたなぁ」


「なんだ、あの先にモノレールの基地があることを知らなかったお前がこれは知っているのか」


 マノ君が美結さんに煽り文句を飛ばす。


「なっ! 馬鹿にしないでよね。これぐらいはちゃんと知ってますー!」


 美結さんはマノ君に向けて口を尖らせた。


「さいですか」


 マノ君は適当に流した。


 駅に向かう入口は上りのエスカレーターと階段に別れており、僕達はエスカレーターに乗った。

「若者は階段を使え。だから、最近の若者は足腰がなっとらんのだ」と上の世代の人から言われるかもしれないけれど、文明の利器に頼らないほどの精神力を僕達の世代は持っていなかった。


 僕達の一番前に乗っていたマノ君が手すりに体重を掛けて僕達を見下ろすようにしていた。

 そんなマノ君の様になっている姿を見て、思わず僕はカッコイイなと思ってしまった。

 いつの間にかマノ君は僕の憧れの存在になってきていた。


 エスカレーターを上り終えて横に曲がると、すぐに改札が見えてきた。

 改札を通ると、またエスカレーターで上に上りホームへと向かった。

 ホームへ出ると転落防止用のホームドアが見えてきた。

 さっき、外から見えたモノレールの車両はオレンジ色のラインが印象的だったのに対して、駅のホームは黄緑色が印象的だった。

 僕達がホームに着いたのとちょうどに、向かいのホームにモノレールが入って来た。

 先頭車両の正面には運転士っぽい人が乗っていた。


「あれ? ここのモノレールって無人運転じゃないの?」


「無人運転って、ゆりかもめみたいなやつのこと言ってんのか? そんなもん、こんなところにあるわけないだろ。普通に有人での運転だ」


 マノ君はもう少し地元愛みたいなものを持った方が良いと思う。


「そうなんだ。なんとなくモノレールって無人運転のイメージがあったから、ここもそうなのかなって思ったんだよね」


「まぁ、モノレールは基本的に人や車が入り込めないから無人による自動運転が導入しやすいのは事実だと思うが、全部が全部自動運転というわけにはいかないだろ。ってか伊瀬、六課に来るのにモノレールに乗って来なかったのか?」


「あ、うん。行きはバスで来たからここのモノレールには初めて乗るんだよね」


「じゃあ、伊瀬っちにとってこれが初体験ってことだね!」


「おい、如月。それ、那須先輩の前では絶対に言うなよ。確実に面倒くさいことになる」


「え? 何が?」


 美結さんは分かっていなかったようだが、僕には分かった。

 面倒くさいことにならないように那須先輩に対して口止めをするように言ったマノ君の対応が、那須先輩には失礼だけど適切な対応だと思ってしまった。


「何って、伊瀬にとっての初体験ってとこに決まっているだろ」


「伊瀬っちにとっての初体験……初体験……あっ、初体験ってそういうことね!」


 美結さんの声に近くにいた何人かの人がこちらに反応した。


「馬鹿お前! そんな初体験、初体験って連呼するな! 周りに聞こえて恥ずかしくないのか!」


「え!? あ、ごめんごめん」


 美結さんは慌てて口を押さえた。


「でもさ、ふ~ん、アンタそんなこと考えてたんだ。やらしい~」


「ちょっと待て。そもそもお前が変なことを言ったからだろ。それにこれが那須先輩の耳に入ったら、どれだけ面倒くさいことになるか分かってんのか!」


 からかうように言ってきた美結さんに、マノ君は心外だと言うように一生懸命に訴えた。

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