Tier27 思い付き
マイグレーター自体の判別は難しくても、マイグレーターに入れ替わっている人間の判別をもっと簡略化にするためには何か他に手はないのだろうか。
姫石さんの話を聞いて僕はそんなことを考え始めた。
判別するためには対象の人間の脳波を細かく検査・測定しなければならない。
けれど、それだと半日以上の時間がかかってしまう。
マイグレーターに入れ替わっている人間だけが持つ特徴を利用すれば、もっと簡単に判別が出来るはず……
『マイグレーターは入れ替わった相手の全ての記憶、思考、行動あらゆることを完璧にトレースします』
ふと、榊原大臣に会いに行った際にマイグレーターについての説明をしていた早乙女さんの言葉を思い出した。
「記憶……そうです、記憶ですよ。記憶があるじゃないですか!」
最初は自分の思い付きを自分で確かめるように呟き、次第に確信を持ち始めて最後は少し興奮して大きな声に僕はなっていた。
「なんだよ、いきなり大声出して。お前も那須先輩タイプだったのか?」
「あ、すみません。でも、それはないです。それだけはやめてください」
マノ君がどういう意味で那須先輩タイプなのかと僕に聞いたのかは分からなかったけれど、那須先輩が丈人先輩に羽交い絞めにされていた姿を思い出して反射的に強く否定していた。
「ちょっと伊瀬君、そこまで言うのは酷くない!?」
那須先輩がすぐに抗議してきた。
少し強く否定しすぎたかもしれない。
「その様子だと伊瀬君は何か閃いたみたいだね」
手塚課長はニコニコとしている細い目をより一層細くして言った。
「閃いたとかそんな大層なことではないんですけど、もしかしたらマイグレーターに入れ替わっている人間の判別を簡略化出来るかもしれないなと思っ――」
「それ本当!?」
僕が言いきらないうちに姫石さんが食いついてきた。
なんだか最近、誰かに言葉を遮られることが多い気がする。
「あ、いや、こんな素人が考え付いたことですから当てにはならないとは思うんですけど……」
「そんなことは大丈夫! 気にせずに話してみて!」
姫石さんは遠慮はするなと言うようにグイグイと僕に迫ってくる。
「じゃあ、素人が思い付きで話す与太話として聞いてくださいよ……マイグレーターって入れ替わった人の記憶を全て把握することが出来るんですよね?」
「たしかにそうだけど、それが何か関係があるの?」
丈人先輩が不思議そうに僕に聞く。
「はい。仮に、丈人先輩がマイグレーションを行って僕に入れ替わるとします。すると、丈人先輩は僕の記憶を見ることが出来ますよね?」
「そうだね」
「けれど、もしマノ君が僕に入れ替わっていて、その状態でマイグレーションを行って僕に入れ替わった場合はどうなると思いますか?」
「え? それは伊瀬君の記憶とマノ君の記憶が見られる……あっ」
丈人先輩は自然に口から出た自分の答えから僕が言いたいことに気付いたみたいだ。
「そっか。マイグレーターに入れ替わっている人間に対してマイグレーションをしたら、そこには二つの記憶があることになるね。二つ記憶があることが確認さえ出来たら、マイグレーターに入れ替わっている人間なのかどうかの判別がつくってことなんだね」
話を聞いていた市川さんが納得したように言った。
「市川さんの言う通りです。マイグレーターである丈人先輩と市川さんとマノ君が疑わしい人物とかにマイグレーションを行えば即座に判別が出来ると思うんです。ただ、大勢の人に対して行うのは難しいですし、全ての記憶を見られてしまうのでプライバシー保護の問題もありますが……どうでしょうか、姫石さん?」
僕は始終真剣に僕の話を聞いていた姫石さんにお伺いを立てた。
「うん、正直驚いているよ。判別方法について説明したばかりなのに、この短時間でよく思い付いたね。伊瀬君は本当に頭が良いね。その考えは凄く良いと思うんだけどね……いくつか問題があってね」
姫石さんに褒められて嬉しかったが、やっぱり僕の思い付きの考えを採用するには問題があるようだ。
「お前が短時間で思いつくような案は、こっちでもとっくに思い付いているってことだ」
「そんな言い方せずに素直に褒めなよ。マノ君は昔からちょっと高飛車風なところがあるよね」
マノ君のぶっきらぼうな言い方に対して、市川さんが軽い注意をする。
「別に褒めるとかそういうのは関係ないだろ。というか、高飛車風って何だよ?」
「高飛車風っていうのは……そうだなぁ、上から目線で威圧的な感じなはずなのに実際は胸焼けしちゃうほど甘くて優しいことかな」
「日菜っち、それ本気!? アレが優しかったら、どんなに最低な男でも優しいことになっちゃうよ?」
美結さんが冗談抜きで信じられないという顔をしている。
冗談であっても信じられなさそうだけど。
「言い方はともあれ、癪だが俺も如月の意見に同意だ。高飛車風の意味が全く理解出来ない。とにかく、この案には問題がある。そういうことだ。ただ……俺は伊瀬の頭の回転の速さは認めているつもりだ」
「そういうとこだよ。はぁ~二人して気づいてないんだもんなぁ~」
「何言ってんだ、市川?」
「ううん、何でもない」〈優しいからこそ厄介なんだよ〉
市川さんは何でもないと言ったが、僕にだけは市川さんの囁き声が聞こえていた。
どうも僕は耳が良いらしい。
いや、地獄耳なだけなのかもしれない。
それにしても、マノ君が僕のことを少なからず認めてくれていたというのは嬉しい。
この前の事件で僕はマノ君の足手まといでしかなかったんじゃないかと思っていたから尚更だ。
けど、「マノ君がこうも僕を褒めてくれるなんて思わなかった。
マノ君に褒められることがこんなに嬉しく感じるなんて。
嬉しすぎて胸がドキドキしているよ。
でも、なんだかこのドキドキは嬉しさだけから来るものじゃなくて、もっと別の胸がときめいてしまいそうな特別な何かな感じがする。この感情は……もしかして――」
「あの、那須先輩。勝手に変なモノローグみたいなことを言うのやめてくれませんか」
気付けば、いつの間にか那須先輩がとんでもないことを僕のモノローグとして喋っていた。
「丈人先輩。この脳まで腐った先輩の聞くに堪えないノイズが発生する口を塞いでくれませんか?」
「おっけー」
冷ややかな目で死刑宣告のように告げるマノ君と、晴れやかな笑顔で了承をする丈人先輩があまりにも対照的だった。
「はーい波瑠見ちゃん、お口チャックしようね〜」
晴れやかな笑顔のまま丈人先輩は机の引き出しからマスキングテープを取り出し、那須先輩の口をバッテンに塞いでいた。
その光景を見て、僕は背中がゾクッとした。
マノ君よりも丈人先輩の方が怒らせてはいけない人なんじゃないだろうか。
「んんんんん〜〜〜〜」
口を塞がれた那須先輩がどうにか喋ろうとしていたが、聞こえてきたのは言葉にならない何とも言えない声だった。
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