Tier24 情報開示
マイグレーションの元凶となった事件が起きた場所。
それが僕が転校した「ひばりが丘南高等学校」だった。
いたって普通の公立学校がなぜ政府によって直接管理されているのだろうかと思っていたけれど、こういう理由があったからみたいだ。
そう思い、僕は人知れず納得していた。
「どうして……どうして、その事をもっと早く教えてくれなかったんですか? どうして、今なんですか? あの時に知っていたら、あんな事にはならなかったのかもしれないんですよ!」
しばらく会話に参加してこなかった市川さんが何とも言えない表情で姫石さんに言った。
「それは本当にごめんね。日菜ちゃんがそう思うのはあたり前のことだよね」
姫石さんが本当に申し訳なさそうに言った。
「まぁ、市川君。そう言わないでやってくれないかな。姫石君は教えたくても教えることが出来なかったんだ。事が事だからね。上から厳重な情報統制が敷かれていたんだよ」
手塚課長が市川さんに諭すように言った。
「……そうですよね。ごめんなさい。姫石さんがわざと教えないなんてことするはずもありませんよね。攻めるようなことを言ってすみませんでした」
市川さんは自分の気持ちを整理するように姫石さんに謝った。
「そんな、日菜ちゃんが謝ることはないよ! 教えられなかったことは事実だもの。こっちこそ、今まで教えることが出来なくてごめんね」
市川さんと姫石さんはお互いに謝る形となった。
「うん、若人が互いに自分の非を認めて謝る姿というのは良いものだね。見ているこちらも背筋が伸びるよ。それにしても、こういうことは市川君よりもマノ君の方が言ってくると私は思っていたよ」
手塚課長は天野君の方を見て言った。
マノ?
「えっ、あ……そうすか? いや、俺も市川と同じ気持ちですよ。それを市川の方が早く言ったってだけですよ」
天野君が少し言葉に詰まりながら答えた。
「そうなのかい? 姫石君が話す前はあんなに食い気味だったから、私はてっきり最初に嚙みついてくるのはマノ君だと思っていたよ」
やっぱり、手塚課長は天野君のことをマノって呼んでいる。
「あの~マノって――」
僕は近くにいた美結さんに小声で聞いた。
「あぁーマノっていうのはアレのこと。ウチだと皆、マノって呼んでいるの」
美結さんは僕の質問を途中まで聞いただけで何を聞かれたのか分かったらしく、すかさず答えてくれた。
天野君に対する扱いは「アレ」と言って、顎で示すほどひどいものだったけれど。
多分、それが許されるぐらい二人は仲が良いのだろう。
どうやら、マノというのは六課の人達からの天野君に対する愛称やあだ名みたいなものらしい。
「アマノ」の「ア」を略して「マノ」ということなのだろう。
それって略す必要あるのかなとは思ったけれど、愛称やあだ名というものは案外そういうものなのかもしれない。
「いくら俺でもそんなことしませんよ。そんなことよりも、何で今になって俺達に情報の開示が許されたんです? 厳重な情報統制を敷かれていたんすよね?」
確かに天野君の言う通りだ。
今まで頑なにマイグレーションの元凶となった「ひばりが丘南高校事件」の真相を明かしてこなかったのに、どうして急に僕達に教えてくれたのだろう。
「それはね、こないだの事件が関係しているんだよ」
手塚課長が言ったこないだの事件とは、僕が六課に所属して早々に遭遇した事件のことだ。
「こないだの……ってことは、八雲が俺達に接触してきたことが情報の開示に関係があるってことすか?」
「その通り。ここ一年以上は全く動きを見せていなかった八雲が突如、私達に動きを見せたんだ。それどころか、伊瀬君に接触まで図っているんだよ。これは八雲が何かを企んでいるんじゃないかって上の人達も考えたみたいでね。取返しがつかないような事が起きる前に八雲を処理するためには、私達六課にもっと情報を下ろすべきだということになったようでね。こうして姫石君に話してもらうことになったんだ」
「随分と都合が良いですね、上の連中は」
「まぁ、否定はしないけどね」
天野君の言葉に手塚課長は苦笑いして言った。
「でも、伊瀬っちが会ったのって本当に八雲だったのかな?」
美結さんが少しだけ首をかしげながら言った。
「どういう意味だ?」
天野君が美結さんの真意を探るように聞き返した。
「だってさ、伊瀬っちが会った八雲って、自分が八雲だって言っただけなんでしょ?」
「はい、そうですね。僕が名前を聞いたら八雲加琉麻だって言っていました」
僕が答えると美結さんは「ほらね」という顔をした。
「つまりさ、伊瀬っちが会った人はあくまでも自称八雲なわけじゃない? それが本当に八雲だっていう確証はないじゃん。人をマイグレーターにするのは八雲なんだから、八雲に仲間がいたっておかしくはないはず。その八雲の仲間が自分は八雲だって言ってるだけかもしれないでしょ?」
「それはないな。あの全てを見透かしているようなやり口は八雲しかない。だから、伊瀬に接触してきたのは八雲本人で間違いない」
天野君は確信めいた口調で言った。
「何でそう言い切れるのよ?」
「……勘だ」
「あんたバカァ? そんなんで納得出来るわけないでしょ!」
美結さんは呆れたと言わんばかりの顔をしている。
「美結ちゃん!」
すると突然、那須先輩が叫んだ。
「は、はい! いきなり、どうしたんですか波瑠見先輩?」
那須先輩の勢いに押されて、美結さんは良い返事をしていた。
「今のもう一回言って! いや~まさかリアルにあのセリフを聞けるとは思わなかったよ! しかもシチュエーションもバッチリ! ぜひ、私の秘蔵フォルダのコレクションに!」
そう言って那須先輩は自分のスマホでボイスレコーダーのアプリを起動し、美結さんに向けて突き出していた。
鬼気迫る感じの那須先輩に美結さんも含め、その場にいた全員が引いていた。
「おい、誰かこの頭のおかしい先輩をどうにかしてくれ」
天野君は冷めた声で言った。
「は~い、波瑠見ちゃん落ち着いて。どうどう」
天野君の言葉に答えるように丈人先輩が那須先輩を落ち着かせるために肩をポンポンと叩いた。
「いやだ! 美結ちゃんお願い! もう一度、もう一度だけ言って!」
それでも那須先輩は落ち着く気配はなく、諦めようとしなかった。
「どうどう、どうどう」
丈人先輩が落ち着かせようと肩をポンポンと叩いて頑張っていたけれど、結局は丈人先輩が羽交い締めにするまで那須先輩が落ち着くことはなかった。
「とにかく、伊瀬君に接触してきたのが八雲本人であろうとなかろうと、八雲が何かしらの動きは見せたことは確かだね。これは良い風にとらえれば八雲の何かしらの企みを止めるチャンスだと思うよ」
「それは確かに……」
手塚課長の言葉に天野君は思わず呟いていた。
「それに私は伊瀬君が六課に来てくれたことで、何かが変わるんじゃないかと期待しているんだ」
「えっ、僕にですか?」
手塚課長は僕なんかが何を変えられると期待しているんだろう。
「そうだよ。ここ一年以上動きを見せなかった八雲が伊瀬君が六課に所属した途端に動きを見せたんだよ。しかも、八雲は伊瀬君に直接接触してきたわけだ。伊瀬君が六課に来てくれたことで、事態は大きく動いたんだよ。もしかしたら、伊瀬君は私達には分からない八雲を動かす何かがあるのかもしれないね」
「そ、そんなことは……」
僕に何かがある。
そんなはずはない。
僕はただの一般人だ。
特別な何かなんてあるはずもない。
だけど、手塚課長の意見に合点がいかないと言えば嘘になる。
僕が六課に所属して事態が大きく動いたのはどうしようもない事実だ。
まるで僕が八雲と六課の人達を引き合わせるための案内人のような。
「手塚課長の言葉を言い換えれば、伊瀬が八雲の仲間……なんなら八雲本人である疑いもあるわけだ」
天野君がそう言うと、僕は全員から視線を浴びた。
「そんな殺生な……」
僕はそう言わずにはいられなかった。
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