Layer47 先手必勝

 俺達は昼食の弁当を食べるために化学室ならぬ科学室に来ていた。

 昼休みでもここが使えるのは八雲の特権があるおかげらしい。


「八雲は来ていないのか?」


 俺は立花が科学室の扉を鍵で開けているのを見て聞いた。


「来てないですね。先輩は放課後に来ることの方が多いですから」


 そう言えばそうだった。


「八雲がいないのに使って大丈夫なのか?」


「先輩からは許可が出ているので大丈夫です。この鍵も職員室で先輩の名前を言ったらすんなり貸してくれました」


 立花がそこまで言い切ったところで科学室の扉が開いた。

 薄暗い科学室に立花が手際よく電気を点ける。

 黒光りする机が並ぶ科学室の光景は一昨日ぶりだというのに、なんだかとても懐かしい感じがした。


 適当に自分達が座る席を見繕い、各々弁当を広げて昼食をとる。

 女子2人の男子1人という若干アウェイな感じだが、俺達はたわいもない会話をしながら楽しく昼食の時間を過ごした。

 基本的には姫石と立花が話し、その話を俺は聞いているだけだった。

 たまに、話を振られるのである程度は身構えておく必要はあるが。


 昼食も終わり、まったりとしていると急に立花が姿勢を正して俺と姫石に面と向かってきた。


「実は今日、お二人にお伝えしたいことがあるんです」


 立花は真面目な顔で言った。


「伝えたいこと?」


 姫石がそう言って、姿勢を正した。

 釣られて俺も姿勢を正した。

 傍から見れば、閑散とした科学室で三人の人間が姿勢を正して向き合っているという面白い光景になっていることだろう。


 大きく深呼吸をした立花は意を決したように言った。


「私、今日の放課後に先輩に想いを伝えようと思うんです!」


 そう言った立花は顔を赤くして目をつぶっているかのように俯き加減になり、ほんの少しだけプルプルと震えていた。

 八雲ではない俺達に対してさえこの反応なのだ。

 よほど緊張しているに違いない。


「想いを伝えるって、八雲君に告白するってこと?」


「そ、そうです」


 姫石の問いかけに立花は小さく答えた。


「俺は良いと思うぞ。立花は八雲に告白した方が良い。なんなら、そうすべきだ」


「あたしも良いと思う! 歩乃架ちゃんと八雲君ってとってもお似合いだと思うんだ! この数日間二人見てすごくそう思ったの! だから、あたし全力で歩乃架ちゃんのこと応援するから!」


 姫石が立花の両手をブンブンと振りながら言った。

 少し振り過ぎだとは思ったが、立花の緊張も和らいだようなので問題はなさそうだ。


「ありがとうございます。でも、上手くいくかどうか不安なんです……私の想いを伝えたら先輩迷惑なんじゃないでしょうか?」


 告白をする前に誰もが抱く不安を立花もまた抱いていた。


「その心配はないだろう。十中八九、立花の告白は成功するはずだ。強気に言えば、成功すると断言したっていい」


 俺もこの数日間で立花と八雲のことは見てきたし、八雲は案外わかりやすく立花への好意を表していた。


「何で玉宮にそこまで言えるのよ?」


 姫石が疑わしそうに俺に言ってきた。


「それはだな、女の勘ならぬ男の勘ってやつだ!」


 細かく説明しようと思えばできるのだが、男にしかわからないニュアンスというのも少なからずある。

 その点を踏まえると男の勘というのが一番しっくりくる言葉なんじゃないだろうか。


「男の勘って……」


 姫石はあまり納得していないように言った。


「じゃあ、刑事の勘?」


「玉宮は刑事でも何でもないじゃない!」


 良いツッコミをありがとう、姫石。


「何の勘だろうが、別に何でも良い。俺が言いたいのは立花の告白は成功するってことだ!」


「もう……わかったわよ」


 姫石が呆れたように言う。


「あたしだって、歩乃架ちゃんの告白は絶対成功するって思ってるから! だって、歩乃架ちゃんこんなに可愛いし、いい子だし、それに……可愛いし!」


 姫石は途中でチラリと立花の胸を見たが、自分の胸と見比べてしまったせいで言葉にはならずに「可愛い」を二回言う羽目になっていた。

 姫石、一応まだこれから大きくなる可能性はあるから希望を持て!


「そんな歩乃架ちゃんを八雲君が断るはずないよ!」


 気を取り直して立花を姫石は激励した。


「姫石先輩、玉宮先輩、ありがとうございます! そう言って頂けて私、少し上手くいくような気がしてきました」


「うん、そうだよ! 絶対大丈夫! 絶対上手くいくよ! あたしが言うんだから間違いないよ!」


「はい! そうですね、姫石先輩が言うなら間違いありませんね!」


 姫石はいつから恋愛の神様だったのだろうか?

 まぁ、立花が晴れ晴れとした笑顔になっているから良いか。


「欲を言えば、八雲君から歩乃架ちゃんに告白してきて欲しいところだけどね。女の子としては告白するよりも告白される方が嬉しいんだから」


「そうなのか?」


「そうなの!」


 質問した俺に対して、姫石はちょっと上目遣いで言ってきた。

 唐突にそういうことをするのは本当にやめて欲しい。

 思わず顔の表情筋が緩みそうになった。


「良いんです! 私から告白したいんです。それに、先輩のことですから告白をしてくるってことはなさそうですし」


 立花は八雲のことをよくわかっているなと俺はつくづく思った。


「さすが歩乃架ちゃん! 何事も先手必勝ってことだね」


 いや、そうとも限らないだろう。

 あ、でももう午後か。


「よし、そういうことならあたしが完璧な告白の仕方を考えてあげる!」


 というわけで、昼休みの残りの時間は姫石が完璧な告白の仕方について熱心に語っていた。

 そうこうしているうちに次の授業の予冷のチャイムが鳴ってしまい、俺達は弁当を片付けて解散することになった。


「お二人とも応援ありがとうございました! 私、頑張ってきます!」


 立花らしくペコリと頭を下げて俺と姫石に礼を言った。


「うん、頑張ってね! 緊張するかもしれないけど、絶対大丈夫だから!」


「立花は自分の思いを素直に伝えるだけで良いぞ。あとは、八雲の仕事だ」


 俺も姫石も立花に最後の激励を送った。


「わかりました! ありがとうございます!」


 もう一度ペコリと頭を下げて立花は自分の教室へと戻って行った。


「あたし達も早く行こっか。授業遅刻しちゃうしね」


 そう言って、歩き出そうとした姫石を呼び止めて俺は言った。


「なぁ、姫石。今日の放課後空いてるか?」


「え? うん、今日は部活が休みだから空いているけど何で?」


 俺が姫石に放課後の予定を聞くことなんて今までになかったので、姫石は随分と不思議そうに言った。


「俺も姫石に少し話がある。俺は放課後に自己紹介カードを再提出しなきゃいけないから、少し教室で待っていてくれないか?」


 ……


 僅かな沈黙があった。

 心臓の鼓動が脈打つのが聞こえるようだった。


「いいよ。あたしも玉宮にちょっと話したいことがあったんだ。だから……待ってるね」


 儚げな笑顔で姫石は言った。


 俺はどうしようもないくらいに、この姫石の儚げな笑顔に見惚れてしまった。

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