Layer23 帰路

「なんか今日は本当に大変な目にあったな」


 電車を降りて乗り換えの電車をホームで待ちながら、俺はしみじみと言った。


「あいつ、今度見つけたら絶対捕まえてやるんだから!」


 姫石が殺気立って悔しそうに言った。


「けど、本当に警察に言わなくていいんでしょうか? 逃げられてしまったわけですし、また新たに被害に遭う人が出ないように警察の力を借りた方が良くないですか?」


 立花が至極真っ当なことを言った。


「たしかにそうなんだけどな。被害に遭いそうになった子が警察に言いたくなかったみたいだったからな。こういった被害に遭った人の中には警察の事情聴取の時に、その時の状況を根掘り葉掘り聞かれたことで自分の羞恥な姿をさらされるみたいに感じてしまって、精神を病んでしまった人もいるみたいだしな。そういう面を考えると簡単には警察に行こうなんて言えねぇよ」


 被害者が警察の事情聴取などによってさらに傷ついてしまう。

 いわゆる、二次被害というやつだ。

 被害に遭って苦しいはずなのに、二重で苦しい思いをするなんてあまりにも理不尽がすぎる。


「すみません、そこまで考えに至っていませんでした。私、あの犯人を同じ女の子として許せなくて……捕まえることしか考えていませんでした」


 本当に申し訳なさそうに立花が言った。


「立花の言ってることだって全然間違ってないからな。今回の対処の仕方は決して最善策なんかじゃないと思う。もっと良いやり方があったのは事実だし。それでも俺達はできる限りのことはできたはずだ。だから、もっとこうすれば良かったとか考えるのはやめておこう」


 俺もつい入れ替わっていなかったら、スマホを窓に放り出さずに済んだし、あのサラリーマンを逃がすこともなかったかもしれないなんて考えがよぎってしまったからな。


「そうだね。あたし達は自分ができるだけのことはやったよ。盗撮だって未然に防げたわけだし。最悪の結果にはならなかったんだから、これで良かったんだよ」


「なんだか先輩達の話を聞いていたら胸にあったモヤモヤがスッと消えました。一番大切なのは被害に遭いそうになった子の気持ちですもんね。一番良い結果じゃないのかもしれませんが、あの子の気持ちは守れた気がします」


 ほんの少しだけ晴れ晴れした顔で立花が言った。


「とりあえず今日はいろいろあり過ぎて疲れたな」


「本当そう。早く帰って寝よ」


 姫石が伸びをしながら言った。


「あ、そういえばなんですけど」


 立花がふと思い出したように言った。


「先輩達、自分のこと俺とか、あたしとか言ってましたけど大丈夫ですかね?」


「大丈夫って、何のこと歩乃架ちゃん?」


「ほら、先輩達の体って男女逆転してるじゃないですか。だからそんな状態で一人称が俺とか、あたしとか言ってたのでさっきの三人が変に思ってないかなと思ったんですけど……」


「「あ」」


 俺と姫石は顔を見合わせながら同時に声を漏らした。

 盗撮の件で頭がいっぱいで全然気にしてなかった……


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 三人の女子高生達は電車に揺られていた。


「こ、怖かった……」


「……うん」


「けど、あの人達がいてくれて本当に良かったね」


「うん、殴ってくれた子すごく格好良かった」


「格好良いって、あの子女子だよ」


「でも、格好良かった」


「そういえばその子ともう一人男の子、口調ちょっと変じゃなかった?」


「え? そうだっけ?」


「女子の方が俺って言ってて、男子の方があたしって言ってたじゃん」


「あ〜言われてみれば、たしかにそうかも」


「けど、今って多様性の時代だし別に良いんじゃない?」


「そうなんだけどさ、他にも中身がどうだとか、体がどうだとか言ってなかった」


「う〜ん、言ってたような言ってなかったような」


「とにかくさ、言ってたにしろ言ってなかったにしろ助けてくれたんだからそれで良いんじゃない?」


「それも、そうだね」


「本当に感謝しないとね」


 そんなやり取りが車内で交わされながら、電車は次の駅へと向かっていた。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 俺達は乗り換えの電車に揺られていた。


「もしかしてあたし達すごく変に思われちゃった? 一人は盗撮犯を躊躇もなく殴るし」


「そこは殴ったって変じゃないだろう!」


「女子高生がだよ?」


「……たしかに変かもしれない」


 ヤバい完全に入れ替わってたことを忘れていた。


「案外なんとかならないか? 最近はよくボクっ娘とかいるんだろ? ならオレっ娘やあたしっ漢がいたって変じゃないだろ?」


 そんな俺の言葉を姫石と立花が微妙そうな顔をしながら聞いていた。


「無理か……」


 そう落胆した俺に立花がフォローに入ってくれた。


「まぁ、今は多様性の時代ですしそういうものだと思ってくれているかもしれませんよ!」


 立花、ありがとう。

 俺なんか救われたわ。


「でもさ、あたし達普通に中身があたしだとか、体は玉宮だとか言ってたけど、そこは大丈夫なの?」


 姫石の言葉を聞いて俺は天国からいきなり地獄に落とされた気分だった。

 立花という天使が俺を救ってくれたのもあって、その高低差はとてつもないものだった。


「あんな大変なことがあった直後ですし、三人ともそこまで気にしてないと思いますよ!」


 立花がさらにフォローに入った。

 やっぱこの子天使だわ。


「そうかな〜?」


「そうですよ! きっと気にしてませんって!」


 たしかに立花の言う通り、こうなった以上そう信じるしかないよな。


「次は津田の台、津田の台。お出口は右側です」


 俺と姫石が降りる駅のアナウンスが流れた。


「おっ、もうか。俺と姫石はここだから。じゃあ気をつけて帰ってな立花」


「はい、さよならです。玉宮先輩も姫石先輩も気をつけて帰ってくださいね。今日はゆっくり休んでください」


「わかった、そうするよ」


「歩乃架ちゃんもいろいろあって疲れたでしょ。今日はいっぱい寝るんだよ」


「わかりました! 姫石先輩もいろいろ大変だと思いますけど今日はゆっくり休んでください。何かあったらいつでも連絡してきていいですからね!」


「うん、ありがとう! それじゃ、じゃあね」


「はい!」


 立花にとても癒やされる労いの言葉をもらいながら俺と姫石は電車を降りた。

 そのまま改札を通って駅を出ると、俺達の帰る方向正反対になる。


「こんな状況だがとりあえず、じゃあな」


「うん。くれぐれも変なことしないでね!」


「それはお前もな」


「ッ! とにかく何かあったらすぐ連絡すること! わかった?」


「はい、はい。わかったよ」


「はいは一回!」


「はい。んじゃあ気をつけてな」


「うん、玉宮もね。バイバイ」


 こうして俺達はそれぞれの帰路についた。

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