Layer19 秘密

 俺は、恋愛系の物語の主人公が鈍感な理由がわかった気がする。

 それは鋭敏だと周りの人間からキモがられるからだ。

 どんなにご都合主義の恋愛系の物語でも、さすがに主人公が周りの人間からキモがられていたら話にならないだろう。

 鈍感よりも鋭敏の方が本来良い意味のはずなのに、キモがられるってひどくね?

 鋭敏で喜ばれるのは探偵系の物語だけなのだろうか。

 残念ながら、現実世界には怪盗ルパンも怪人二十面相もいないため鋭敏で喜ばれることなんて絶対にないわけだが。

 しかし、恋愛系でも何でもない現実世界にいるはずの俺はキモがられている。

 おかしくね?


「今は周りに誰もいないですし、秘密が何のことかわかったなら教えてくれませんか?」


 この前は一応はフォローしてくれた立花が一切のフォローも無く俺に聞いてきた。

 あんまり誰も優しくしてくれないと、俺泣いちゃうよ。


「もしも、本当に玉宮先輩の答えが合っていたのなら、絶対にそのことを秘密にして欲しいんです!」


 俺が心の中で泣きかけていることなど露知らずの立花は必死に訴えてきた。


「わかった、わかった。そんなに懇願されなくてもちゃんと言ってやるから、少しは落ち着けって。俺も立花の秘密がわかったかもしれないからって、そのことを誰彼構わずに喋ったりなんかしないからさ」


「すみません。とても大事な秘密なので、つい焦ってしまいました。私も玉宮先輩が誰かに言いふらしたりしない人だってわかっているはずなのに、変なこと言ったりしてすみません」


 そう言って、立花は俺にペコペコと頭を下げた。


「そんなに謝らないでくれよ。誰だって自分の秘密を相手が知っているなんて急に言われたら焦るだろ。だから気にしなくていいから」


「たしかに、そうかもしれないです。ありがとうございます」


 本当この子いい子だな。

 どこかの姫石とかいう奴もぜひ見習って欲しいものだ。


「それにしても本当に歩乃架ちゃんの秘密が何かわかったの?」


 どこかの姫石が聞いてきた。


「まぁ、立花の反応を見てたらなんとなくな」


「え!?」


 そんな驚きの声を漏らしたあと、立花は両手で顔を覆った。

 よく見ると、耳まで赤くなっていた。

 そして両手で顔を覆ったせいか、自然と立花の大人な部分が強調され制服の上からでもわかる深い谷間が、谷間が……胸板?


 ふと視線を上げると姫石が仁王立ちで立っていた。

 だから谷間から胸板に変わっていたのか。

 そういえば、今は俺と姫石の体は入れ替わってるんだよな?

 ということは、この胸板は俺の体の胸板なのか。

 いや〜うっかり体が入れ替わっていたことを忘れていたわ。

 失敬、失敬。


 なんてことを思っていると、俺の思考が読めたのか姫石が静かに俺の足を踏んできた。

 じわじわとくる痛みに俺は声を出すことができなかった。


 声を出せなかったため、赤面から少しは落ち着いた立花は俺の状況を何も知らずに話しかけてきた。


「玉宮先輩がそんな風に言う時点で、言われなくても玉宮先輩の答えが合ってるってわかっちゃいますよ」


「ッ! ……たしかにそうだな」


 立花に返事をしようとした瞬間に姫石の踏む力が一番強くなったあと、ようやく踏むのやめてくれた。

 今日はくつ下を怖くて脱げないな。

 あと、踏まれているのは姫石の体の足だからな。


「それなら、さっさと言ってみなさいよ。本当に合ってるか確認してあげるから」


 ちょっと怒り口調な姫石が言ってきた。

 立花はそんな姫石の口調に違和感は感じたようだが、すぐに俺に注意を向けた。


「なんでお前に急かされなきゃいけないんだよ。まぁ、別にすぐ言うけどさ。じゃあ、言うぞ」


「はい。なるべく小さめな声でお願いします」


 そう言って立花は耳を傾けてきた。


「立花が八雲のことを異性として、好きってことか?」


 まるで頭からボンッという音がしたかのような様子の立花が小さくコクリと頷いた。


「はい……その通りです」


 とても恥ずかしそうにかぼそい声で言った。


「??????」


 姫石がなぜか頭にたくさんの「?」を浮かべた漫画みたいな顔をしていた。

 こいつは何でこんな顔をしてるだ?

 立花の秘密を共有したって言っていたのだから、立花が八雲のことを好きなのは知っていたんじゃないのか?


「ねぇ、歩乃架ちゃん」


「なんですか、姫石先輩?」


 さっきよりは大きな声をで立花は返事をした。


「歩乃架ちゃんが言ってた好きな先輩ができたって話の先輩っていうのは八雲君のことなの?」


「……はい」


 何変なこと聞いているんだよ。

 八雲以外だれがいるんだよ。

 立花の声がまたかぼそくなっちゃったじゃないか。


「えーーー! ウソ! 歩乃架ちゃんが言ってた先輩が八雲君のことだったなんて! 全然気づかなかった!」


「ッ!? ちょっと姫石先輩! 声大きいです!」


 この馬鹿!

 何が秘密を共有した仲だ。

 ただの情報漏洩の根源じゃねぇかよ。

 ほら見ろ、立花の頭から煙が上がってるぞ。

 まぁ、本当は上がってないけど。


「もしかして立花から好きな先輩がいるとしか聞いてなかったから、八雲のことだってわかんなかったってことか?」


「うん、そう」


 姫石が偉そうに答えた。

 ここで偉そうにできる、こいつの神経を俺は理解できない。


「お前なぁ~だとしても立花の反応を見てればわかるだろ。あんだけわかりやすく反応してるんだから」


「……私ってそんなにわかりやすかったですか」


「めちゃくちゃわかりやすかった」


 立花はいろいろと真っ赤にして悶絶した。


「あぁー八雲はたぶん、というか絶対に立花の好意には気づいていないから安心して大丈夫だ」


「本当ですか!」


 俺の言葉を聞いてホッとしたのか、立花が悶絶からすぐに回復した。


「間違いないと言っても過言じゃない」


「そうですか……けど、それはそれでなんだか私が異性として魅力がないみたいじゃないですか」


 大丈夫!

 君が異性として魅力がないなんてことはありえない!

 なんなら異性として魅力が強調され過ぎているくらいだ!


「全然そんなことないぞ。ただ八雲が科学以外がポンコツなだけだから気にしなくていい」


「そうならいいんですが」


 まだスッキリはしていない様子だが、八雲ではない俺からのフォローでもだいぶ良くなるらしい。

 一応、男からの意見だからか説得力はあるみたいだ。

 今は女の体だけど。


 それよりも


「さっきから何で姫石は俺の足を踏んでるのかな? テレパシーでも持ってるのか? 」


「何でって? ん〜なんとなく?」


「サイコパスかよ」


「そんなわけないじゃん」


 笑顔で思い切り踏み込んできた姫石がやっと俺の足を解放してくれた。

 だから中身は俺でも踏まれているのは姫石の足なんだぞ。

 本当にいいのか?


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 こんなくだらないやり取りをしているうちに俺達は駅に着いていた。


「まもなく3番ホームに急行西部新宿行きが10両編成で参ります。黄色い線の内側でお待ち下さい」


 改札をくぐるとホームの方からそんなアナウンスが聞こえてきた。


「ねぇ、これってあたし達の電車じゃない?」


「そうだな。今ならまだ間に合うだろ。急ぐぞ!」


 俺達は急いでホームの階段を駆け下りた。


 実は前から思っていたのだが、スカートというものはスースーして履いてる感じがしなくてとても違和感がある。

 特に走るとそれが良くわかる。

 これは冬は死ぬな。

 世の中の女子高生は制服を可愛く着たいからといって、よくあの寒さのなか生足でいられるな。

 普通にその努力と寒さへの忍耐力に、ズボンに甘えている男子は一生頭が上がらないな。


 あと、このスカートの短さで走るとパンツが見えそうなんだが。

 なるべく見えないように気をつけてはいるが、見えたらごめんな、姫石!

 うん?

 見えたら見えたでサービス回になって需要が高まるのでは?

 ……いや、必ず見えないようにしよう。

 もし見えたりなんかしたら確実に殺される気がする。

 誰にとは言わないが。


 俺達がちょうど飛び乗った直後に電車の扉が閉まった。

 パンツが見えないように気をつけながら階段を駆け下りてきた甲斐があった。


 息を整えながら近くに立っていた三人組の女子高生達と40代後半ぐらいのサラリーマンらしいおっさんから距離を取った。

 何で距離を取ったかって?

 周りからの視線が気まずいからだよ。

 扉が閉まるギリギリで電車に飛び乗ったあとってなんか気まずくて、車両は同じでもちょっと離れたところに移動したくならない?


「……間に合ってよかったですね」


 息を少し切らしながら立花が言った。


「……そうだな。それにしてもスカートは走りづらいな」


 俺も少し息を切らしながら答えた。


「たしかにズボンだとこんなに走りやすいんだね」


 姫石が息を切らさないで言った。

 人があんなに苦労して走ったというのに、こいつは人の体を使って楽に走りやがって。


「なら姫石もズボンにしたらどうだ?」


「それはヤダ。可愛くもないもん」


 嫌なのかよ。

 スカートに比べたらズボンの方が利便性もいいし、良くないか?

 俺は制服でズボン履いてる女子は格好良くて結構好きだけどな。


 息もだいぶ整ってきたため、なんとなく気になってさっきの女子高生達とサラリーマンの方を見た。

 女子高生達は楽しくお喋りをしており、サラリーマンは何やらスマホをいじっていた。

 どうやら飛び乗ってきた俺達のことは気にしていないらしい。


 キラリと光ったサラリーマンの黒い革靴を横目に俺は歩き出した。


「え? ちょっと玉宮どこ行く……」


「なぁ、おっさん」


 姫石が言い終わる前に、声を掛けられスマホから顔を上げたサラリーマンのこめかみを俺は思い切りぶん殴った。

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