Layer39.0 データ移行

 俺と姫石の体を元に戻す実験。

 八雲は実験と言った。

 実験と言われるとなんだかワクワクする反面、失敗した時のリスクの怖さも感じるな。


「実験の概要の前に、入れ替わりという現象について説明してからの方がわかりやすいかもしれないな。この入れ替わりという現象はどういったものだと思う?」


 実験の概要の前に入れ替わり現象についての説明を優先した八雲が俺達を見まわしながら聞いてきた。


「どういったものって言われても入れ替わりは入れ替わりじゃないの? あたしもいろいろ調べてみたんだけどさ、これといった情報は無かったんだよね。入れ替わりって調べてみると恋愛とかラブコメとかのお話が出てくるだけだったし。それで思ったんだけどさ、どうして幼馴染キャラのヒロインって主人公と結ばれないのかな? 主人公の幼馴染ってだけで負けヒロインな感じになってない?」


 八雲の質問の意味がよくわからなかった姫石が怪訝な顔で答えた。

 あと、姫石は入れ替わりのことを調べたはいいものの途中から恋愛系の話に没頭して当初の目的は遥か彼方に忘れてしまったようだ。

 そこはちゃんと調べろよ。


「私も調べてみたんですけど、姫石先輩と同じような結果でした。それと、私もそれ思ってました。どうして幼馴染キャラのヒロインは結ばれないんですかね? 小さい頃からずっと主人公に尽くしてきたのにぽっと出のヒロインに持っていかれちゃうなんて可哀そうじゃないですか」


 立花も俺達のためにいろいろ調べてくれていたようだが結果は姫石と同じだったらしい。

 それよりも姫石の意見に同調するな。

 立花でさえも姫石と同じ末路を辿っていたのかよ。

 調べてくれたのは嬉しいが、もう少しちゃんと調べて欲しい。

 そうは言っても、俺も調べた結果は二人と大差ないのだが……


「すまない、聞き方がわかりずらかったかもしれない。具体的に玉宮香六と姫石華の何が入れ替わったのかということだ」


 姫石の反応から先ほどの質問の意味がわかりずらかったのだと感じた八雲が改めて聞いてきた。


「ちなみにだが、幼馴染キャラが主人公と結ばれないのはウェスタ―マーク効果のせいだと考えられる。ウェスタ―マーク効果というのは幼少期から同一の生活環境で育った相手に対しては性的興味を持ちにくいというものだ。これは近親相姦を避けるための仕組みだと考えられている」


 八雲、真面目に答えなくていいぞ。

 たしかに姫石達の意見には俺も共感したが、そこはスルーしてくれ。

 というか、幼馴染キャラが負けヒロインなのってちゃんと理由があったのか。


「へ~。そうなんだ~」


「私も初めて知りました。だから主人公とは結ばれないんですね」


 姫石も立花も感嘆の声を漏らした。

 やっぱり、当初の目的忘れていませんか?


「幼馴染キャラのヒロインの話はもう良いから、話戻すぞ。八雲の質問は具体的に何が入れ替わったかだったか?」


「あぁ」


 話を戻した俺の問いかけに八雲が頷いた。


「具体的にか~……性格とか?」


「私は人格とかですかね?」


 姫石も立花も考えながら思ったことを口に出していた。


「意識……の入れ替わりか?」


 俺も考えながら一つの結論に至る。


「玉宮香六が正解だな」


 なんと、俺の結論が正解だとは。

 科学の天才からの質問に正解できるというのはものすごくありがたく感じる。


「今回の入れ替わりは状況からみて少なくとも物体的な入れ替わりは行われていないと考えられる。お互いの脳を入れ替えたわけではないからな。そうなると意識などの情報のようなものが入れ替わったとみる方が妥当だろう」


 意識の入れ替わりか。

 けれども、意識は脳に潜在していたはずだ。

 意識を入れ替えるとなると脳やそこに付随する神経とかも入れ替えないとやっぱり駄目なのではないのか?


「ねぇ、八雲君。意識って情報なの?」


 いきなり意識は情報ですと言われて納得できるわけもなく、姫石が八雲に質問した。


「私は、意識は一人の人間を確立させている電気信号のパターンによる情報のようなものだと考えている。これはあくまで私の仮説だが、意識については今の科学を持ってしてもあまり解明されていない未知の領域なんだ」


 人間の脳も今だによくわかっていないと言われているが、意識もまた然りということらしい。


「へ~。意識は情報なのか~。う~ん、わかるようでわからないような……」


 イマイチ納得できていない様子の姫石。


「そうだな。そもそも意識とは高度な情報統合が脳で行われることだ。その時に、必要となるのが脳の各所から発せられる高い周波数どうしのコミュニケーションだと考えられている。また、意識がある時は脳から1秒間に7回ほど特徴的なスパイク、電気信号が放たれている。この電気信号の回数が低下すると意識が途切れる」


 理解できていなそうだった姫石の様子を見て、八雲が詳しく説明したのだが姫石の思考は情報過多でパンクしたのかぼーっとしていた。


「……立花後輩。私の説明はわかりずらかっただろうか?」


 ずっと黙ってニコニコと聞いていた立花に八雲が困ったように聞いた。


「私もなんとなくわかるようでわからない感じですけど、構わず続けてください。玉宮先輩はわかっているようですし。それに私、先輩がこういう風に喋っているのを聞くのが割りと好きなんです」


「いや、俺もわかっているというよりは頑張って話について行けているような感じだけどな。俺は八雲の説明結構わかりやすいから大丈夫だと思うぞ」


「そ、そうか。なら良いんだが」


 そう言って八雲は話を続けた。


「先程は、意識についてはあまり解明されていないと言ったが最近になってわかってきたこともある。例えば、意識の発生源が脳の視床下部の外側中心核と呼ばれる僅か3ミリの脳組織だということがわかった。これは麻酔で昏睡状態にあるサルの脳の視床下部の外側中心核を50Hzの周波数で刺激するとサルの意識が戻ったという実験結果から確認されている。つまり、視床下部の外側中心核の脳組織から発せられる特徴的な電気信号そのものが意識と言っても過言ではないはずだ。そして、一人の人間を確立するための意識である電気信号には固有のパターンがある。誰一人として同じパターンの電気信号を持っている人間は存在しない」


 八雲が言ったのは、自分の意識の正体はただの電気信号のパターンによる情報であるというかなりショッキング内容だった。


「ということは、俺と姫石の意識は電気信号のパターン情報が入れ替わったことによって体が入れ替わったような現象になったということか?」


 俺は頭をフル回転させて言った。


「大枠としてはそれであっている。わかりやすく言うなら仮に、ここにある二つのUSBメモリーが玉宮香六と姫石華の体もしくは脳としよう」


 そう言って八雲は制服の上から羽織っている白衣のポケットから黒色の二つの同一品のUSBメモリーを取り出した。


「この二つのUSBメモリーは容量なども全て同じものだ。これは人間の体、脳の構造が個体差はあれど基本的には同じであることを表していると思ってくれ」


 同じ製品だからといっても個体差はある。

 これは人間でも物でもあまり変わらない。


「二つの内の一つをUSBメモリー1、もう一つをUSBメモリー2とする。USBメモリー1の記憶ストレージには玉宮香六の意識データが、USBメモリー2の記憶ストレージには姫石華の意識データが入っていると仮定する」


 八雲は右手に持ったUSBメモリーをUSBメモリー1、左手に持ったUSBメモリーをUSBメモリー2と示した。


「そして、USBメモリー1に入っている玉宮香六の意識データをUSBメモリー2にデータ移行する。同時に、USBメモリー2に入っている姫石華の意識データもUSBメモリー1にデータ移行する。そうすると、USBメモリー1には姫石華の意識データが、USBメモリー2には玉宮香六の意識データが入っていることとなり、物体ではなく情報だけが入れ替わったことになる」


 なるほど。

 そう考えれば脳やそこに付随する神経とかも入れ替えずに自分の意識、電気信号のパターンを情報として俺と姫石の脳に入れ替えれるのかもしれない。


「でも、そのデータ移行? それってどうやってするの?」


 情報過多でパンクしていたはずの姫石が復活したのか八雲に核心を突く質問をした。

 これは俺も最も知りたい内容だ。


「たしかに、誰でも簡単に意識が入れ替わってしまってたら、そこらじゅうで男女の入れ替わりラブコメの嵐になってしまいますよね」


 立花の指摘はその通りだった。

 もし簡単に意識を入れ替えられるになら、市区町村に一つは「入れ替わりお困りセンター」のようなものががなくてはならなくなる。


「それは大丈夫だ。この入れ替わりという現象はありとあらゆる偶然が重なって奇跡的に起こったものだ。だから、そう簡単には起こらない。確率的に言えばゼロに等しい」


 そんな確率に俺達は当たってしまったのか。

 とてつもなく運が良いのか悪いのか、よくわからないな。


「まぁ、説明上わかりやすくするために入れ替わりやデータ移行という言葉を使っていたが、正確に言うとしたら脳の誤作動、錯覚のようなものだな」


 その言葉を聞いた俺はまるで「一体いつから意識が入れ替わっていたと錯覚していた?」と言われたような気分だった。

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