Layer36.0 誠心誠意
俺は麦茶の入ったコップを姫石の手元にあるコースターの上に置いた。
「ありがとう」
短くお礼を言った姫石はすぐに麦茶に口をつけた。
あれだけ文句を言っていたわりにはすぐに飲むのかよ。
ま、かなりの時間待たせたのだから喉が乾いていたからに決まってるか。
俺も自分のコップをコースターの上に置き、姫石と面と向かって座った。
……
両者に少しの沈黙がながれた。
さて、勢いで誘ってしまったせいか何を話せば良いのかわからない。
このまま姫石と二人でじっと見つめ合っているわけにもいかない。
そういえば入れ替わってからこうやって面と向かい合うのは初めてかもしれないな。
自分の容姿をこうも客観的に見ている状況に違和感を覚えつつも、入れ替わったことへの実感がまた確実となった。
「この沈黙いつまで続けるつもり?」
我慢できなくなったのか姫石が聞いてきた。
「続けたいわけじゃない。何を話そうか考えていたら、自分の容姿を客観的に見れる状況って面白いなと思ってな」
「言われてみたら確かにそうね」
姫石もまじまじと俺すなわち姫石の容姿を見る。
「自分で言うのもあれだけど、あたしってかなり綺麗な顔してるのね。自分の顔なんて鏡で見れるのに、玉宮の体で見るのとでは感覚が全然違うのね」
姫石がナルシストなのではなく、客観的に見て本当に姫石は綺麗な顔をしている。
「そうだな、自分でそれを言える奴はなかなかのメンタルの持ち主だと言いたいところだが、姫石の場合はそれが事実だからたちが悪い」
「そんな回りくどい言い方しないで素直に可愛いとか言えないの?」
「お前はどちらかというと可愛いよりも綺麗だろ」
「え!? 玉宮はあたしのことそういう風に思ってるの?」
少し顔を赤らめながら嬉しそうに姫石は言った。
俺の顔で顔を赤らめるのは気持ち悪いからやめてくれ。
あと、嬉しそうにするな。
「まぁな。欲を言えば胸もあっ……」
ッ!
しまった!
俺はもう二度と姫石の胸のことをイジるのはやめよう誓ったじゃないか!
あの地平線がどこまでも続くような大地を見て、自分の胸に誓ったはずだろう!
これ以上は姫石に残酷な思いをさせるわけにはいかない。
「ねぇ、胸がなんですって?」
姫石が脊髄が凍りつくような目で俺に尋問……質問してきた。
だが、ここでなあなあに済ませるわけには行かない。
俺は姫石に贖罪を果たさなければならない。
「姫石」
ビクッ!
俺が姫石に向き直って真面目な声で呼びかけたことに姫石はよほど驚いたらしい。
「な、何? 急にあらたまって?」
「姫石、俺は謝らなければならない。姫石のその……胸のことについて。今回だけじゃない。俺は今までも何度かお前の胸のことでイジってきた。けど、昨日思ったんだ。あの地平線がどこまでも続くような大地を見て、俺は今まで姫石に対してなんて残酷なことをしていたのだろうかと。だから、ちゃんと言わせてくれ。姫石、今まで本当にすまなかった」
姫石はうんともすんとも言わなかった。
ここまで真剣に謝られるとは夢にも思っていなかったようだ。
いつもなら適当に謝ってたからな。
夢にも思わなくて当然か。
「そ、そ、そこまで謝らなくてもいいから! あたしと玉宮の仲なんだからこんな軽口で残酷だなんて思わなくていいから! あたしもそんなに重く受け止めてないから。今まで通りあたしのシンデレラバストをイジっても大丈夫だから。逆にそんな風にされると深刻な感じがしてあたしのメンタルにくるものがあるからやめて。男なんてみんな大きい方が良いんでしょ? 小さいどころか無いあたしには価値なんて無いっていうジレンマに陥りそうだから」
姫石は動揺しながらも力説してきた。
これは許されたのだろうか?
まぁ、許されてはいるのだろう。
ただ誠心誠意謝ったのは逆効果だったらしい。
「そうか? 姫石がそう言うなら今まで通りの対応にするぞ?」
「うん、それで大丈夫。あんまり度が過ぎるのは嫌だけど。でも、玉宮はそういうことはしないからその心配はいらないか」
「わかった。なら今まで通りということで」
「本当いきなりあんな風に謝るからびっくりしちゃったよ。本気で謝られるとこっちも本気で受け止めなきゃいけなくなるからやめてよね。地平線がどこまでも続くようななんていう変な比喩表現なんか使ったりし……て……?」
姫石の語尾がどんどんと尻すぼみしていった。
おっと。
俺の誠心誠意の謝罪の中にとんでもない失言があったことに姫石が気づいてしまったか。
これは……終わったな……
「ねぇ? どうして地平線がどこまでも続いてるようなという比喩表現ができたの? 実物を見てなきゃこんな表現は出てこないわよね?」
冷たい空気をまとった姫石が聞いてきた。
「い、いやだなぁ〜想像に決まってるだろ。俺って結構文学的才能があるんだよ」
「あら、そう。なら、玉宮は今すぐ小説家になれるわね。その豊かな想像力と表現力を存分に発揮しなさい。ところで、昨日はどうやってお風呂に入ったのかしら?」
凍りつくような空気をまとった姫石が聞いてきた。
「そ、そ、それはもちろん姫石に言われた通り耳栓と目隠しして体にも触らないで入ったぞ」
「それだとおかしいわね。あたしの記憶だと玉宮はそんなことできないって言ってたはずだけれど? それにさっきの謝罪。もしかしてあれはお風呂であたしの胸を体を見てしまった罪悪感からしたものなんじゃないかしら?」
絶対零度の空気をまとった姫石が聞いてきた。
「……本当にすみませんでした!」
失言という不純物の無い純粋な誠心誠意の謝罪を俺は姫石にした。
「謝るってことは、その……つまりは……見たってこと?」
「……はい、見ました」
俺は言葉を噛みしめるように言った。
取り調べで犯人が自供する時ってこんな感じなのか。
「ଘ♡ଓ*:゜+。.໒꒱°*。⋈。♡:* :゜+。ଘ☆:゜+。⋈。」
俺の自供を聞いた姫石は錯乱状態となった。
こんな文字化けみたいな声を聞いたの人生で二度目だぞ。
ちなみにこの後、姫石を落ち着かせるのに10分はかかった。
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