Layer31.0 全力疾走

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ

 全速力で走っているせいか息が荒い。

 とりあえず俺は住宅街を津田の台駅に向かって全力疾走していた。

 風を切る音と風圧を耳から感じる。

 バトンのように持ったスマホを操作して俺は走りながら八雲に電話をかけた。


 プルルルル、プルルルル、プッ


 数秒で八雲は電話に出た。


「どうした玉宮香六? 何か」


「八雲! お前今どこにいる!?」


 八雲が言い終わるよりも前に俺は思わず叫んでいた。


「うッ! 今は自宅にいるが、急に大声を出してどうした? 何か急を要することのようだな」


 俺の大声で何かを察した八雲が言ってきた。


「ま、たしかに急を要することではあるな。ハァ、とにかくお前に直接会って話がしたい。今から八雲の家に向かうが問題ないか?」


 俺は息を切らしながら言った。


「あぁ、構わない」


「なら、家の場所を教えてくれ。最寄り駅は石川上水であってるか?」


 昨日、八雲は学校には自転車で通学していると言っていた。

 ならば八雲の家は学校からそれなりに近いはず。

 となると最寄り駅は学校と同じ石川上水駅の可能性が高い。

 八雲が毎日何キロも自転車で通学するほどのストイックな性格じゃない限りな。


「あぁ、あってる。もしかして玉宮香六は電車で私の家まで来るつもりなのか?」


「そのつもりだったが、その言い方だと何か不味いみたいだな?」


「不味いとかそういうことではないが、だったらバスを使った方がいい。その方が時間も早く、利便性も良い。私の家の最寄りのバス停は徒歩でせいぜい2、3分だ。駅から来るよりよっぽっど近い」


 そのことを聞いて俺は前へ前へと出していた足を思い切り止めた。

 慣性の法則で体の重心が前傾へとずれて前のめりになりながらも足に力を込めて踏ん張り、なんとか転ばずにに済んだ。

 すぐに俺は後ろを振り向き再び全速力で走り出した。

 この近くのバス停は今走って来た道を引き返したちょっと先に行ったところにある。


「わかった! ハァ、ならバスでそっちに向かう!」


「最寄りのバス停名と私の家への道筋はスマホに送っておいた。玉宮香六は今走っているのだろう? バスに乗ってからでいい。息を整えながら確認してくれ」


「ありがとう。電話越しでも走っているのが分かったのか」


「それだけ息を切らしながら話されたら誰でもわかる。それに走っている時の足音というものは電話越しでも案外聞こえやすいものだぞ」


「ハァ、そっか。バス停名と家の場所は八雲の言う通りバスに乗ったら確認するよ。ありがとな。それじゃあ一旦切るぞ」


「あぁ、また後で」


 プツン


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 八雲から教えてもらったバス停で降り、俺は送られてきた地図を見ながら八雲の家へと向かった。

 少し歩くと地図上のゴール地点、八雲の家へと着いた。

 目の前にある家は周りの家よりも大きく、その家は表札には「八雲」と書かれていた。

 八雲のご両親はここら辺の地主か何かかもしれない。


 八雲の家の玄関の前に重厚感のある金属製の門を開けて俺はインターホンを押した。


「今、行く」


 そう八雲が淡泊な返事をしたあと、カチャンとオートロックの鍵が開く音がした。


「来たか」


 ドアを開けて八雲が言った。


「急にお邪魔して悪いな」


「大丈夫だ。気にしなくていい」


 俺は八雲が開けてくれたドアから大きな家の中へと入った。


「他に家族の人とかはいないのか?」


「あぁ、いない。両親は共働きで夜遅くにしか帰って来ないし、兄弟もいない。だから遠慮せずにくつろいでもらって構わない」


 八雲は簡単に自分の家族構成を教えてくれた。

 傍から見たらこの光景は「今、家に誰もいないから」などとありきたりなセリフを言って、ぎこちなくドキドキしながら家に入っていくカップルのように見えるかもしれない。

 実際はカップルでも何でもない男2人が家に入っているだけなのだが。


「そうだな。お言葉に甘えて少し休ませてもらおうかな。慣れない体で走ったせいか少々疲れた。それに頭も整理したい。話はそれからでもいいか?」


「あぁ、構わない」


 八雲に広いリビングに案内されて俺は近くにあったソファにゆっくりと腰を下ろした。

 ソファにもたれて疲れきっている俺に八雲は客人用と思われるコップに水を入れて持ってきてくれた。


「悪い、ありがとう」


 軽く礼を言って八雲から受け取った水を一気に飲み干した。

 疲れた体にいつもよりも一段とうまい水が全身に染み渡るのを感じる。


「ぷっは~、生き返る~」


「ただの水だぞ。そんなにうまいか?」


「体が欲しているものを得られた時はいつもより格段とうまく感じるもんなんだよ」


「……一理あるかもしれない」


 ほんの少し考える素振りをみせてからそう言った八雲の目の下にはくっきりとクマができていた。


「八雲、もしかして寝てないのか? すごいクマだぞ」


「……言われてみたら寝てないな。玉宮香六と姫石華に起こった現象について考えていたせいか寝ることを忘れていたよ」


 さも、よくあることであるかのように八雲は言った。


「寝ることを忘れるってどんだけの集中力持ってるんだよ。やっぱ八雲ってすげーな」


「そんなにすごいことではないだろう。やろうと思えば誰にだってできる」


「いや、誰もが普通にできないし、やろうとも思わない」


「そうなのか?」


 嫌味ではなく純粋に聞いてくるところが八雲の恐ろしいとこだ。

 凡人に天才の思考は理解できんな。


「そりゃあそうに決まってるだろ。誰も彼もが八雲みたいな人間だとは思わないでくれ。八雲は一度他者の人間と比べて自分の価値を客観的に理解した方が良いと思うぞ」


「わかった。善処してみよう」


 一息おいてから八雲が聞いてきた。


「それで、玉宮香六が走ってまで私に会って話たいことというの何かな?」


 待ってましたと言わんばかりの質問を八雲がしてきた。


「そうだな。息も整ったし、そろそろ本題に入るか」


 俺はもたれかかっていたソファで座り直して、ゆっくりと八雲の方へと視線を向けた。

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