Tier13 転校生
約三か月間の研修を終えた僕は今日から新しい学校へと通うことになった。
新しい学校の名前は「ひばりが丘南高等学校」と言い、東京の郊外に位置する学校だった。
榊原大臣からの話を聞いていなければ、この学校が政府によって直接管理されているような学校には到底見えない。
本当によくある普通の公立の学校なのだ。
職員室で僕の担任となる橋本先生という40代前半くらいの男の先生に挨拶をした後、僕は教室まで案内された。
僕が所属するクラスは2年2組だそうだ。
僕のことは朝のホームルームで転校生として紹介するらしく、橋本先生からは少し教室の外で待っているようにと言われた。
橋本先生が僕の事情をどこまで知っているのかは分からないが、特殊な事情でこんな時期に転校して来たということは分かっているようだった。
「突然だが、今日は転校生を紹介する」
そんなギャルゲーのテンプレみたいなセリフとクラスのざわめき声が教室の扉の向こうから聞こえてきた。
「じゃあ伊瀬君、入って来てくれ」
橋本先生に呼ばれて僕は教室の扉を開けて中に入った。
一斉にクラスの人の視線を集めた僕は少し怯みそうになったが、なんとか教壇の横のところまで歩いて行った。
前を向くと大勢の人の視線が僕に集まっているのがより強く感じられた。
普通の自己紹介でも緊張するというのに、転校生としての自己紹介なんてもっと緊張してしまう。
「
声が上ずらないように気を付けながら、僕はなんとか無難な自己紹介をすることが出来た。
教室からはパチパチと拍手が起こった。
「伊瀬君の席は右後ろにある天野君の隣の空いている席だ」
そう言って橋本先生が指さした席は、いわゆる主人公席と呼ばれている席だった。
「ボク、
僕が席に着くと、隣の席の天野君と呼ばれていた男子生徒が話かけてくれた。
「伊瀬祐介です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「そう、かしこまらないでよ。ボク達、同級生なんだからさ。何かいろいろ分からないことがあったらいつでもボクに聞いて」
「あ、ありがとう」
隣の席の人が優しくて親切そうで良かったなと僕は思った。
天野君は短すぎず長すぎない無難な髪型で優しそうな印象を与えるような人だった。
見た目のバランスも良く、天野君はきっとモテるんだろうなと下世話なことを僕は考えてしまった。
そして、隣に座っているこの天野悠真という男子生徒が
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
登校初日の午前の授業が終わって、今は昼休みの時間に入っていた。
僕は天野君を含めて三人と机を並べて昼ご飯のお弁当を食べていた。
隣には天野君、そして目の前にはこのクラスのクラス委員が二人座っていた。
この二人は授業の合間の10分間休憩に最初に声を掛けてくれた。
他にも僕が転校生だったこともあって声を掛けてくれた人はたくさんいたけど、この二人が一番僕を気にかけてくれた。
「改めて、俺は
いかにも体育会系という見た目の佐藤君が部活の勧誘をしてきた。
佐藤君は良い人なのだが、僕はあまりこういうタイプの人が得意ではない。
あと、どうでもいいかもしれないけどお弁当の量がすごく多い。
二段構えのタッパーにご飯とおかずが溢れんばかりに詰まっている。
「誘ってくれたのは嬉しいんだけど、僕は運動はそこまで得意じゃないから遠慮しておきます。それに部活はどこにも入るつもりはないんです」
「そうなのか……それは残念だな」
お世辞ではなく本当に佐藤君は残念そうにした。
佐藤君はとてもピュアな人なのかもしれない。
「まったく、佐藤君は人との距離を縮めるのが少し強引すぎると思うよ。あ、私は佐藤君と同じクラス委員の
清水さんはしっかり者で、どことなく早乙女さんを緩く明るくしたような人だった。
聞いた話によると、清水さんはこのクラスで一番頭が良いらしい。
「二人ともありがとうございます。正直、転校なんて初めてだったのでクラスに馴染めるかどうかいろいろ不安だったんですけど、このクラスならなんとかなりそうな気がしてきました」
実際、この2年2組の多くの人が僕を気にかけて親切に話かけてくれた。
「それは良かったよ。けれど、伊瀬君。同い年なんだから敬語はやめてよ」
「あぁ、ごめん。気を付けるよ」
「別に気を付ける必要はないと思うぞ。祐介の話したいように話せば良い」
佐藤君はそう言ってくれたが、それはそれでどう話せば良いのか分からなくなってしまう。
「きっと、伊瀬君も慣れれば自然と敬語を使わないようになるさ」
天野君が僕の気持ちを察してかフォローをしてくれた。
「それにしても祐介は何でこんな変な時期に転校することになったんだ?」
ちょっと返答に困るような質問を佐藤君がしてきた。
「えっと、ちょっと特殊な事情があってね。それで急遽この学校に転校することになったんです」
「そっか、悠真と似たような感じか」
「似たようなというか、同じだよ」
佐藤君の反応に天野君が補足した。
「へぇ~、祐介も悠真と同じなのか。それは結構大変だな。部活に入らないのも納得だよ」
佐藤君はうんうんと頷いて言った。
清水さんも納得したような表情をしていた。
いったい天野君は周りの人達に事情を何と言って説明しているんだろう?
「そ、そういうわけなんです。こんな僕ですけど、どうぞこれからよろしく――」
そこまで言った時、僕と天野君の携帯に同時に通知を知らせるバイブレーションが鳴った。
この携帯は六課で仕事をする際の専用の携帯として支給されたものだった。
そして、なぜか支給されたのはスマホではなくガラケイと呼ばれる一昔前の二つ折りの真っ黒な携帯だった。
思わず僕は天野君の方を見てしまった。
天野君は慌てることもなく、制服のズボンのポケットから通知の内容を確認してお弁当を手際よく片していた。
「ごめん、佐藤君、清水さん。ちょっとボクと伊瀬君これから早退しないといけなくなったから、次の授業の先生に伝えといてくれるようお願いしてもいいかな?」
「おう、任せとけ!」
佐藤君は親指を立ててグッジョブのハンドサインをした。
「オッケー、先生に伝えておくね。二人とも頑張ってね」
清水さんは僕らに声援を送ってくれた。
「えっ!? でも、勝手に早退とかしても大丈夫なの?」
僕は突然のことに動揺して、もたもたとしていた。
「大丈夫。とにかく急いで。荷物まとめてすぐに行くよ」
「う、うん。分かった」
天野君の言葉には従わなければならないとう説得力があって、僕は反射的に頷いてお弁当やら教科書やらをバックにしまっていた。
「それじゃあ、二人ともあとはよろしく頼むね。皆、じゃあね!」
荷物をまとめたのを見るなり天野君は僕の手を取って、小走りに教室を出た。
「すみません、お先に失礼します!」
そう言った僕の声が最後まで教室に届いていたかどうかは怪しいところだった。
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