Tier6 突発性脳死現象

「現段階をもって伊瀬さんは特別司法警察職員となりましたので、既に職務上の守秘義務が発生します。そのため、これから職務をする上で知り得た情報はいつ如何なることがあっても他言無用です」


 今まで榊原大臣の隣に黙って座り続けていた早乙女さんが口を開いた。


「守秘義務ですか……」


 僕が請け負ったものは想像以上に何か大きなことなのかもしれない。


「仮にこれが破られた場合、君にはそれ相応の処分が下されると覚悟しておきたまえ」


 死よりも辛い処分が待っていると感じてしまうほどの凄みのある声で榊原大臣が言った。


「肝に銘じておきます」


 冷や汗を感じつつ僕は言った。


「宜しい」


 榊原大臣が短く言った。


「それでは先程省いた諸々の詳細な説明をさせて頂きます。いきなりですが、伊瀬さんは突発性脳死現象についてはご存知ですよね?」


 ここからは早乙女さんのターンだと言うように、榊原大臣が椅子にゆったりと深く座ったのを横目で見ながら僕は早乙女さんに向き直った。


「まぁ……あ、いや、はい。知ってます。たしか、数年前に発見された現象ですよね。何の予兆もなく突然に脳死となってしまうことから、そう名付けられたと聞きました。原因はまだよく分かっていないらしいですけど、先天的に脳に遺伝的な欠陥がある日本人に起こるとても珍しい現象だと学校で習いました」


 僕は学校で突発性脳死現象について習ったことを出来るだけ記憶から掘り起こして答えた。


「その通りです。伊瀬さんは学校でよく勉強されていますね」


「そうですか? 成績はそこまで良い方ではないんですけど……ありがとうございます」


 早乙女さんみたいに出来る人から褒められるのなんだか照れくさい。


「突発性脳死現象が発見された当初は日本でも世界でも大きな騒動になりました。その後、突発性脳死現象は極僅かの日本人に発現している脳の遺伝的欠陥であることが判明しました。この判明によって、今では大した話題にもならない程の現象に過ぎなくなっているのは伊瀬さんのご存知の通りです。ですが、これはあくまでも表向きの話です」


「表向きの話ですか?」


「それらの話は全て嘘だということだ」


 僕の疑問に榊原大臣がきっぱりと答えた。


「え? 嘘?」


 僕は驚きを隠せずに聞き返してしまった。


「君が習った突発性脳死現象についての情報は、我々政府の情報操作による虚偽の情報だということだ」


「ということは、突発性脳死現象という現象なんてものは存在しないってことですか?」


「いえ、突発性脳死現象という現象自体は名前はどうあれ存在します。異なるのはこの現象が引き起こされることになる原因です」


 早乙女さんが僕の発言を訂正してくれた。


「脳の遺伝的欠陥によるものではないということですか?」


「はい。突発性脳死現象はに引き起こされます。つまり、この現象を引き起こして亡くなった方は何者かに殺された被害者だということです」


「……」


 あまりの衝撃に僕は言葉を失ってしまった。

 極稀に脳に遺伝的な欠陥がある人に起こってしまう不幸な出来事だと思っていた事が、実際は誰かに殺されていただなんて……

 しかも、殺されたにも関わらず世間では病死のような扱いをされ、殺人事件としては認識されない。

 認識されなければ警察は捜査もしないし、殺した犯人だって捕まらない。

 そんな理不尽なことがあって良いのだろうか……

 良いはずがない!


「そ、それじゃあ犯人は、殺した犯人はどうなるんですか!? 捕まえないで野放しってことですか!?」


 憤りを感じていた僕は少し感情的になってしまった。


「そのような事態を防ぐために設立されたのが、警視庁公安部第六課突発性脳死現象対策室です」


「……なるほど。だから対策室なんですね」


 早乙女さんの説明に僕が所属することになった名前の意味に納得しつつ、僕は殺人犯が野放しになっていないことを知り心が救われたような気分になった。


「突発性脳死現象を人為的に引き起こすことが出来るってことは、意図的に引き起こすことが出来る何か方法があるってことですか?」


「違います。誰もが扱えるような方法があるわけではありません。突発性脳死現象が発見されてからのこの数年間、我々も極秘に本格的な研究を続けていますが原因も具体的なプロセスも把握出来ていません」


 どことなく悔しそうに早乙女さんは言った。


「なら、一体どうやって……?」


「それは日本人の極少数の限られた人間に突発性脳死現象を引き起こす能力のようなものがあり、全ての突発性脳死現象はその者等によって引き起こされています」


 早乙女さんの言葉を聞いてどんどんと話が大きくなっていくのを感じたが、僕は話に付いて行くので精一杯だった。

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