Tier4 同行

 僕が建物から出ると、目の前にはいかにもな感じの黒塗りの乗用車が停まっていた。

 その車の傍には、きっちりとしたスーツを着た二人組の男女が立っていた。

 僕の姿を見つけると二人の内の女の人の方がすぐにこちらへと歩いて来た。


伊瀬 祐介いせ ゆうすけさんですね?」


 女の人が僕にそう聞いてきた。


「はい、そうですけど……」


 僕は若干警戒しながら答えた。


「わたくし、榊原国務大臣秘書官の早乙女 旭さおとめ あさひと申します」


 そう言って手渡された名刺には言われた通り「榊原国務大臣秘書官 早乙女 旭」と書かれていた。

 早乙女さんは30歳よりもいくらか手前くらいで、名刺を渡す一つ一つの所作から仕事が出来ることが伝わってくるような人だった。

 大臣の秘書官ってこういう人なのかと僕はつい感心してしまった。


「大臣の秘書官というすごい人が僕なんかにどんなご用件でしょうか?」


 僕は政治家の子息でもないし、その榊原国務大臣という人と面識があるわけでもない。

 本当にただの一般人だし、ましてや僕は高校生だ。


「申し訳ございません。こちらの都合上、詳しくは申し上げられませんが大臣があなたにお会いしたいとのことです。ですので、伊瀬さんには我々に同行して頂きたいのです」


「……分かりました」


 大臣が顔も名前も知らないはずの僕なんかに会いたいなんてどういうことなのかと疑問でいっぱいだったが、とりあえず僕は早乙女さんについて行くことにした。

 車の前まで行くと、待っていた男の人が後部座席のドアを開けてくれた。

 僕は後ろにいた早乙女さんに促されるようにして車に乗った。

 中はゆったりとしていて、座り心地はとても良かった。

 大臣はこんな車にいつも乗っているのかと思うと僕は少し緊張してしまった。


「もっとリラックスして下さって大丈夫ですよ」


 僕の緊張が伝わったのか、早乙女さんが僕の隣に座りながら言ってきた。


「すみません。ありがとうございます」


 そうは言ったものの僕はリラックスなんて出来そうにはなかった。


 男の人が後部座席のドアを閉めると運転席に座った。

 男の人は運転手さんだったようだ。


「運転手の渡会わたらいです。本日、伊瀬さんの送迎をさせて頂きます。よろしくお願い致します」


 渡会と名乗った男の人は車のルームミラー越しに僕を見ながら挨拶してきた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 僕もルームミラー越しにそう言い、軽く会釈した。


 渡会さんは僕と早乙女さんがシートベルトをするのを確認してから車を発進させた。

 大臣の車の運転手さんなだけあって、乗り心地は控えめに言っても最高だった。


 道中はそれといって会話もなく、僕はただ車に揺られているだけだったので、僕に会いたいと言ってきた榊原大臣という人についてスマホで調べることにした。


榊原 康栄さかきばら やすえ。日本の政治家。参議院議員。内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)、国家公安委員会委員長、国土強靭化担当、領土問題担当」


 調べてみるとこんな肩書きと60代くらいの品のある凛々しい姿の写真が載っていた。

 本当にこの人が僕なんかに会いたがっているのだろうか?

 疑問は膨れ上がるだけだったが、僕は流れに身を任せるしかなかった。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 一時間程、車に揺られていると目的地に到着したらしく車が停まった。

 僕は渡会さんにお礼を言って車から降りた。

 降りた場所がどういうところなのかは何となく想像ができる。

 たぶん、国の行政機関の何かだと思う。

 なぜなら、ついさっき車の窓から江戸城の堀や皇居、刑事ドラマとかでよく見るアングルからの警視庁本部の建物が見えたからだ。


 一緒に車から降りた早乙女さんに案内された建物は警視庁本部の建物の隣にあった。

 見た目としては横長の直方体の建物の上に七重塔みたいな鉄塔があった。

 建物の入口には右側に「総務省」、左側に「国家公安委員会、警察庁」そして「中央合同庁舎第2号館」と書かれていた。

 こんなことが書かれている建物にこれから入るのかと思うと僕は後ろめたい気分になった。


 早乙女さんは入口に入って左手にあるエレベーターホールへと歩いて行く。

 その後ろを僕はおどおどしながら付いて行った。

 早乙女さんがエレベーターのボタンを押すとすぐにエレベーターの扉が開いたので、僕達はそのまま乗り込んだ。

 扉は閉まり、エレベーターの中は僕と早乙女さんの二人きりだった。

 エレベーターの中に数十秒の沈黙が流れた。

 その間、僕は階数を表示するモニターの数字が一つずつ増えていくのを眺めることしか出来なかった。


 僕はこのエレベーターの中に自分以外の人がいるという状況があまり好きではない。

 一人で乗る時は、一緒に乗っている人と気まずい空気になるのが苦手だ。

 友達と一緒に乗る時は、せっかく盛り上がっていた話も一緒に乗っている人の迷惑になると思い小声ででも話しがしづらくなる。

 そして、エレベーターから降りた後は乗る前に盛り上がっていた話も自然と途切れてしまって会話がなくなってしまう。

 しかも、誰かがまた話し出すのにも時間がかかる。

 だから、僕はエレベーターに良いイメージを持っていなかった。


 目的の階に到着したらしく、エレベーターの扉が開いた。

 モニターには20階と表示されている。

 エレベーターを出て、早乙女さんに連れられて僕は長い廊下を歩いていく。

 廊下はやけに静かで、自分の足音も聞こえないくらいだ。


 ある一つの扉の前で早乙女さんは立ち止まった。


「早乙女です。伊瀬祐介さんをお連れしました」


 早乙女さんは扉を3回ノックしてから、そう言った。


「入りたまえ」


 扉の向こうからそんな声が聞こえてきて、早乙女さんは扉を開けて中に入った。


「伊瀬さん。どうぞ、お入り下さい」


 開いた扉を抑えながら早乙女さんが僕に部屋の中に入るようにと言った。


 部屋に入ると大きな窓を背に座っている榊原大臣の姿がそこにはあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る