Tier2 衝突
「おい、渉! 何で僕がヒロ――」
バンッ!
その音が、教室の扉が勢いよく開いた音なのか、それとも銃声の音だったのかは分からない。
もしかしたら、銃声の音はもっとこうタタッンという軽い音だったかもしれない。
どちらにせよ、9mm口径の弾丸は黒板の前に立っていた井ノ上の左斜め側頭部に撃ち込まれた。
その衝撃で頭は一瞬、水面に落ちた水滴のように同心円状に揺れ動いた。
そして、血しぶきというよりもグチャグチャに細かくした赤いスライムのようなものが少量飛び散った。
そのまま体は力なく倒れた。
体が倒れてから、やっと血液らしい血液が吹きこぼれてきた。
左目は眼圧が高まったせいか眼球が半分ほど浮き出ており、まぶたはめくれ上がっていた。
ほんの数秒前までは和気あいあいとしていたクラスの空気は、刹那として無に帰した。
薬莢が落ちた音は鳴っていたはずだが、その音を聞いた者は誰もいなかった。
吹きこぼれた血液が近くにいた一人の女子生徒へ粘性が弱いマグマのようにゆっくりと伝っていった。
血液が女子生徒の上履きのつま先に触れた途端、女子生徒は小さな鋭い悲鳴をあげた。
その悲鳴を皮切りに教室は阿鼻叫喚の様を呈した。
同じように悲鳴をあげる者、我先にその場から離れようとする者、思わず後ずさってしまう者、言葉を失ってしまう者、足が震えて動けない者、起きている状況を理解できずに呆然とする者、起きている状況を理解しようと目を見開く者、目の前の光景に耐えきれず口を抑えて目を背ける者、今の状況を打開しようと何かを模索する者、冷静でいようと装う者、誰かに助けを求めようとする者、近くにいた親しい人間と手を取り合う者、周りをキョロキョロと見渡し他の人間と同じ行動をとろうとする者……
まさに千差万別、様々な反応を示した。
そんな状況には目もくれずに、銃弾を放った一人の男が倒れている井ノ上の体へと銃口を向けながら近付いた。
それに続いて後ろにいた複数人の男の中から、もう一人同じように近付いて井ノ上の首筋に触れた。
首筋に触れた男は、最初に井ノ上の体に近付いた男に向かって黙って頷いた。
それを見て、最初に近付いた男は胸元に取り付けられていた無線機を操作してこう言った。
「こちら一班。目標、『
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「よし、では事後処理に入れ」
一班からの報告を聞いた俺はそう指示した。
「一班、了解」
俺は通信を切った。
「このまま一班は事後処理に移る。教室の出入り口を封鎖しろ。二班、三班は外の封鎖と誘導だ」
「二班、了解」
「三班、了解」
俺の通信は切ったが、各班の通信は以前として薄暗い会議室のような部屋に響いていた。
前には大きなスクリーンがあり、各隊員ごとの映像や建物の地図、配置図などで区切られて表示されている。
それらを見守っているのは大臣とその大臣派の数人の有力者、そして俺と僅かな職員だけだ。
「さすが、
八雲の死亡の報告を聞いていた大臣が俺に向かって言った。
「ありがとうございます。大臣」
「これで晴れて、君もこちら側の人間だ。君が望んだポストは私が約束しよう」
大臣は満足そうに言った。
ここにいる連中は全員「権力」という糞に群がるハエだ。
俺も含めてな。
なんなら、八雲なんかよりも我々の方が国家を蝕む悪人だ。
「よろしくお願いします」
「君も悪い顔になってきたな」
大臣が下品な笑みを浮かべて言った。
「いえ、これは生まれつきです」
「あぁ、それもそうだったな。君は最初から悪い顔をしていた」
大臣派の有力者も大臣と同じように下品な笑みを浮かべた。
「それにしても君が組織した……え〜『六七部隊』だったかな? あれはなかなかに使えるな」
「はい。隊員全員が元警視庁特殊部隊の中でも精鋭中の精鋭で構成されています。こういった任務に対応できるように組織しました」
「なるほど。これは今後も使う機会が多くありそうだ。この騒動の全ての元凶である八雲をこうも簡単に処理してくれたんだからな」
大臣は椅子の肘掛けにおいていた人差し指でトントンと叩いた。
「いくら
「佐伽羅君も言うようになったね。とはいえ、マイグレーターについてはまだまだ分からんことが多い。いつかは生け捕りにして保護する方法を確立せねばな」
大臣の言う通り、マイグレーターについては未だに多くのことが未知数だ。
奴らは突如として、この日本に現れた。
いや、日本にだけ現れた。
マイグレーターの存在は国民は勿論のことアメリカを含め世界のどこの国も知らない、日本政府の極限られた人間のみが知っているトップシークレットだ。
マイグレーターについて分かっているのは他者の体に入れ替わることと他者の意識を消滅させて脳死にすることだけだ。
現状、マイグレーターを確保しようとすればすぐさま他者の体に入れ替わったり、乗り移られて逃亡される。
そのため、マイグレーターへの対処法としては不意を突いての殺処分しか今のところ存在しない。
確保する術がないのなら仕方がないというのが政府の判断だ。
「その前に我々が根絶やしにする方が早いのではないでしょうか?」
「それならそれで大いに結構。だが、欲を言えばマイグレーターという存在はこ――」
大臣がそこまで言った時、薄暗い部屋にスクリーンのスピーカーを通して再び銃声の音が響いた。
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