第12話イバラキの沢

「ついたぜ聖女さん。ここがイバラキの沢だ」

「これがイバラキの沢、凄い所ですね」


 シャルロットとオランジェット様に案内された私はイバラキの沢に到着した。

 幅広の絶壁の下に川が流れる光景は絶景だった。


「……これは、かなり深い崖ですね」

「落ちたら死にますわよ。気をつけてついてきなさいな」

「ちょっ! シャルロット!」


 シャルロットはそう言うと、ピョンピョン飛び跳ねて崖を下りていく。

 気をつけてって、例え落ちても聖女である私は死なないけどさ、こんな崖から落ちたら死ぬほど痛いわよ!

 私の身体能力は一般人レベルなんだから、ちょっとは気を使ってよね!


「あちゃー、シャルちゃんは先に行っちまったか。では、失礼しますよ聖女様っと」

「えっ、ちょっ!? オランジェット様ー!!」


 オランジェット様は私をお姫様抱っこで抱き上げると、崖をピョンピョン軽快に飛び跳ね降って行く。

 ひーっ! 怖い怖い怖いっ! まだ心の準備ができてないってばあああああっ!

 私を抱き上げたオランジェット様は、もの凄い勢いで崖を駆けおり、ズシンと崖の下に着地した。

 地面にそっと降ろしてもらった私は、がくりと大地に膝をついた。


「ん、どうしたスフレちゃん? このイバラキの沢崖下りは魔族領で人気の娯楽なんだぜ。お気に召さなかったか?」

「そ……そうですね。私にはちょっと……刺激が強かったみたいです」


 オランジェット様は地面に膝をつき青い顔をしている私を見て、納得がいかない様子だ。

 こ……これが娯楽だなんて、魔族領恐るべし。

 わ、私には無理……。


「まったくだらしないですわね。貴方も少しは鍛えなさいな」


 シャルロットがぐったりしている私に呆れた様子で言い放った。

 私は貴方たちみたいな体力お化けと違うのよ!

 まあ、不甲斐ない姿を見せた私が悪いし、バカにしてるわけじゃないのは伝わってるからいいけどさ。

 しかし崖の上からじゃわからなかったことに改めて気付く。

 草木はほとんど生えてなく、ゴツゴツとした岩場が主となっており、沢に流れる水は少し濁っているように見える。

 あんまり水質は良くないのかな?


「しかしスフレちゃん。イバラキの沢には薬草になるような草はほとんど生えていないぜ。薬草採取なら森の方が良かったんじゃねえか?」

「何を言っているのですかオランジェット様? 私にはここは宝の山に見えますよ。あっ、沢だから宝の沢ですね」


 不思議そうにしているオランジェット様に、私は足元に落ちている石を拾い上げ、にっこりとほほ笑んだ。

 確かにオランジェット様の言うように、イバラキの沢に草木はほとんど生えていない。

 だが、今日取りにきたのは石や岩に張り付いている苔なのだ。さらに、沢を流れる川には薬にも使える水草だってあるじゃないか。

 私にとって、まさに宝の沢だ。


「へー、この苔や水草が薬になるのか、人族は変わったことを考えるな」

「私は例え薬になっても、苔やら水草を食べるのには抵抗がありますわ……」

「そのまま食べるわけじゃないから大丈夫よ。薬やポーションに加工するからね。例え毒性がある植物でも、薬に変えることができるのが医学なのよ」


 反応の良くない二人だったが、私の説明である程度理解してくれたようだ。残りは完成したポーションの効果を見て納得してもらおう。

 そんなことを考えていると、シャルロットとオランジェット様が突然私を庇うように前に出ると川を警戒する。


「――くるぞっ!」


 えっ! 何がっ!? と、思っていると、川からシャルロットと同年代くらいの男の子が飛び出してきた。

 現れたのは髪は天辺が白く、その周りが黒髪、そして背中には甲羅を背負った可愛い系の男の子だった。

 変わったファッションの子だなあ。


「何だ、河童じゃねえか」


 えええええっ!? あの子が河童!!

 私の知ってる河童は頭にお皿が乗ってて、甲羅を背負った化け物なんだけど、あんなに可愛い感じなの!

 王国書籍甲羅しかあってないじゃん! 白髪部分をお皿と間違えたってこと?


「あら、チマキじゃないですか。そんなに慌ててどうしましたの?」

「もしかしてシャルロットの知り合い?」

「ええ、あの子はチマキ・イグサ。私の友人の河童族ですわ」


 どうやら河童の少年はシャルロットの友達だったようだ。

 なんだ。シャルロットって私以外にも友達がいたのね。


「えっ、シャルっ!? ちょうどいい所に! 追われてるんだ助けて!!」


 焦った様子の河童の少年はシャルロットを見つけると、天の助けとばかりに涙目で叫んだ。

 そして、助けてと叫ぶと同時に、大きな翼の生えたトカゲが三匹現れた。

 あれって、ワイバーン? 亜竜と呼ばれる竜の下位種族だ。

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