第2話隣国の魔貴族に拾われる

 追放された私が降ろされたは王国の国境にある森の手前だった。ここまで一緒にきた兵士は私が森に入るのを見届けると帰って行った。

 森は鬱蒼とした森に馬車が通れるくらい広い一本道があり、とりあえず先に進むしかないと考えた私は一本道の先へ進むことにした。


「何が殿下を譲れば百叩きくらいですましてあげたよ! 着の身着のまま国外追放も百叩きも、どっちも処刑みたいなものじゃない! はぁ……これからどうしようかしら?」


 隣国で放り出された私はショコラに悪態を吐くが、悪口を言ったところで状況が好転するわけもなく途方に暮れていた。


「お母様、私は貴方のような立派な聖女にはなれなかったわ……」


 聖女の力は血に宿る。母の家系は必ず第一子に女子が生まれ聖女となる一族だった。

 癒しの力で国民を救い慕われるその姿を見て、私も母のような立派な聖女になりたかったのに……ごめんねお母様。

 私、王国を追放されちゃったよ。


 でもショコラの奴、お母様の家系でもないのにどうやって聖女の力を手に入れたの?

 偶然継母がお母様の遠縁で、偶然ショコラが聖女の力に目覚めたとでも言うの?

 お母様から聖女の力は本家の第一子の女子にしか宿らないって聞いてたんだけどなあ……。


 それより今はこれからどうするかを考えないと、ここまでの道のりを考えると、ここはおそらく王国と魔族領の国境付近かな?

 魔族は人間が好物だって聞くし、ショコラは魔族に私を殺させるつもり?

 それとも私を殺したのを口実に魔族と戦争でもしたいのかしら?


 一本道をしばらく進むと辺りに霧が立ち込めてきた。

 えっ、さっきまで霧なんてなかったのに、いつの間にか辺りには濃い霧に包まれていた。


「ガルルㇽㇽルルッ」


 ――獣型の魔物!?

 そうだ、魔族領は魔物も多いんだったわ!


 私は魔物に背中を向けて必死に逃げるが、徐々に傷を負い追い詰められてしまう。

 こんな所で死にたくない、私にはまだやり残したことがあるんだから!


「キャウンッ」


 決死の覚悟で戦うと決めた私が相対していると、突然発生した衝撃波によって魔物が吹き飛んでいった。


「君は……珍しい魔力を感じて出てきてみれば、もしや王国の聖女か?」


 誰だろう? 低く重く威厳のある声、誰かが助けてくれたの?

 声のした方を見ると背の高い異常に整った顔立ちの男が立っていた。

 銀色に光る艶のある髪に整った綺麗な顔、それに頭に二本の角が……。――って、頭に角!? この人魔族だ!!


 王国において魔族は人間を食べる人食いの鬼だと伝えられる。けど、角以外は人間と変わらない見た目のこの人を見ると本当に? って、疑問を覚えるな。

 でも、なんで私が聖女だと知っているの? この人は信用できるの?

 とりあえず助けてもらったんだし、まずはお礼を言わなきゃ。


「助けていただきありがとうございます。それで、なぜ私が聖女だとわかったのですか?」

「その即座に再生を始める傷口を見れば誰でもわかる。今代の聖女の噂は聞いていたが、これ程とはな」


 男に言われて傷口を見ると、先ほど獣型の魔物に切り裂かれた傷がブクブクと泡を立てて治っていく途中だった。

 聖女の力で回復してるんだけど、自分のことながらちょっと気持ち悪いな。

 普通の聖女ならここまでの回復力はないけど、歴代聖女の中でも特に強い力を持つ私はこんな気持ち悪いほど回復しちゃうんだよね。


「これはお見苦しいところを……」

「何を言う、素晴らしい力ではないか」


 男はそう言うと身につけていた外套を渡してきた。

 これで隠せってことかな?

 私が傷の再生を見せたくないことを察してくれるあたり、見た目に反して優しい人なのかな?


「だが、聖女は王国の重要人物のはず、それが一人こんな危険な場所で何をしているのだ?」

「はい、実は――」


 私はこれまでの経緯を助けてくれた男に話した。

 なぜだろう。初めて出会った魔族なのに不思議と話しやすい。それに、なぜかこの人の私を見る瞳には、大切な人に向けるような慈しみを感じるのだ。

 普段の私なら初めて出会った人に身の上話なんてしないのに、辛いことがありすぎて、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 しかもこの人は人間を食べると噂される恐ろしい魔族なのに、おかしいよね。


「そうか、やはり人間は邪悪だな。己の欲望のために、これほどの力を持つ聖女を陥れるとは……。私はブールドネージュ・ザッハトルテだ。君さえ良ければ私の国に来ないか? こう見えても私は鬼族魔族領の魔貴族だ。君を客人として迎えよう」


 ブールドネージュ様は力強く、それでいて優しい声音で語りかけてくる。その真摯な態度から、嘘偽りのない真実を告げていることが窺える。

 この方は王国から必要とされなくなった私を自国に迎え入れようとしている。用済みとされた私を必要としてくれているのだ。その事実が純粋に嬉しく、心を震わせた。

 私は一つ息を吐き返答する。


「私はスフレ・ハーベストです。行く当てのない身、迎え入れてくれるとおっしゃるのでしたら、是非ともお願いいたします」


 こう見えてもなんて可笑しな人、どう見ても威厳たっぷりで、只者ではないオーラがあるのに。

 しかし鬼族か……見た目はちょっと恐いけど、優しい人みたいだ。それに、今日初めて会ったばかりなのに、なぜかこの人は信用できる気がする。私の身体の奥の方から、そう訴えかけるものがあるのだ。

 そう……これは私の勘、聖女の勘は良く当たるのだ。


 こうして私は隣国の魔貴族ブールドネージュ様に拾われ、客人として魔族領に行くことになったのだ。

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