第5話
「やっぱ駄目か」
魔王は今自室で項垂れている。
自分ちなのでラフなスウェット姿だ。だって楽なんだもの。魔王だって楽したいもの。
「まあ見た感じアメリカ軍も頑張ってくれてるし。アメリカ広いし。ハリウッド位なら何とか手中に収めないかな」
額に当てていた手を離して今度は顎に添える。考える人のポーズだ。
そんな魔王の目は実は自室を映していない。
見ているのはアメリカだ。普段は黄土色をしている瞳孔をキンキラキンに光輝かせている。遮光カーテンをみっちり閉めていなければ窓から怪しい光が漏れている所だ。
「ああ。居たけど……。映画作ってはいないな」
当たり前である。テレビ局すら真面に運営出来ない状況なのだ。映画なんて作る暇も場所も無い。
アメリカの人達は皆怯えて隠れて暮していた。防空壕様々である。
空を見れば爆炎が絶えず鳴り響いている。ドラゴン同士の諍いも有るだろうが、軍だって奪還作成に尽力している。
「防戦一方とは言え、魔法も使わず良く善戦している。問題は弾薬の補充が間に合うか、だな」
魔王は自衛隊で働いてるから人間の事情もある程度詳しい。エネルギーは無限じゃないのだ。
魔王は考える。
頭に浮かべるのは天秤。
片方には不可侵のマナー。
もう片方にハリウッドの最新映画見たい欲求。ネズミのアニメの制作会社も人形や黄色い可愛い悪のアニメの制作会社も潰れたら困る。
積み重なるのは圧倒的に欲求が多い。だってもう思考の中なのに溢れちゃってる。
「よし行こう」
思い立ったが吉日。
だってそうやって日本に降りて来たんだもの。行動力は有り余っている。
とはいえ一度行けば直ぐに帰って来れる保証は無い。直近のシフトを思い出して直ぐに連絡する。報連相の大事さは日本で学んだ。
「さて。これで暫く日本を空けられるけど。出来れば今日中に帰って来たい。ここは一つ日本の風習に学んで手土産持って行くか」
手土産といえば菓子折りである。
魔王は最近ハマっている菓子類を纏めてマイバックに入れた。崩れやすいのもあるから慎重に。
準備が出来たらいざ出発。
どうやって行くかって?瞬間移動するに決まっている。
だって今は飛行機使えないんだもの。使えるなら喜々として使ってらい。
「味気ない」
沖縄にも北海道にも飛行機で行った。魔法以外で飛ぶ浮遊感は何度乗っても楽しいものだ。
魔王は絶対にアメリカとの航空路線復活させると決めた。
とはいえ今はもう目の前にドラゴンである。
『貴様ぁ!我が領土に無断で入りおってぇぇぇ!!』
咆哮を上げるドラゴン魔王は言葉と同時に火炎放射を口から出している。
日本の魔王は
「危な」
とだけ言ってじっと周囲を通り過ぎる火炎放射を見ている。熱さは無い。結界位張ってるから。
どれ位そうしていただろう。魔王は腕時計を見て時間を測っている。
「おお。十分超えた。凄い肺活量だな」
『いや止めるか弾くか反撃しろ!』
泰然と構えていたらドラゴン魔王に怒られた。火炎放射を止めて空中で地団駄踏んでいる。
日本の魔王はフンと尊大に鼻息を漏らして胸を張る。
「話し合いに来たのだ。反撃はせん」
『話し合いの態度かそれが!』
大きな体のドラゴン魔王が尻尾を思い切り振り抜いた。
直後バチン!と痛そうな音がする。
「痛くないか?」
『痛いわ!』
日本の魔王の結界を強かに打ち付けたのだ。ちょっぴし尻尾が赤くなってる。
日本の魔王は「やれやれ」と両掌を天に向けて首を横に振った。
「だから単細胞は」
『貴様な!?』
激昂するドラゴン魔王に対して日本の魔王はどこまでも平静だ。鋭い爪の前脚を振り下ろしたドラゴン魔王に持っていた袋をズイッと差し出した。
矢張り結界に防がれた前脚に怯まずそのまま下への力を強めるドラゴン魔王。口惜しい感情をそのまま顔面に乗せて袋を見る。
『何だそれは』
「日本の良き文化。手土産だ」
真顔で言ってのける日本の魔王にドラゴン魔王は『かはっ』と噴き出して嗤う。
『噂には聞いていたが情けない。貴様など同じ魔王ではないわ腑抜けめ』
侮蔑を込めた目でもう片方の前脚も振り下ろす。まあ結界に防がれたが。
ギリリ。バチバチ。と結界と爪が鬩ぎ合う音が聞こえる。
「まあそう言うな。食べれば気に入るかもしれんぞ」
言って日本の魔王は袋から菓子を一つ手に取る。
出て来たのはう〇い棒(納豆味)だ。菓子なのにネバつく旨さにハマってる。
それを袋を開封せずに中身だけドラゴン魔王の口に転移させた。
『!?』
しかも口を縄状の魔法でガッチガチに塞いで吐き出さない様にさせた。
訳のわからない物をいきなり口に放り込まれれば魔王だって嫌だ。ドラゴン魔王は飲み込まずに。けれども塞がれて吐き出せずに舌で転がした。
『~!』
ザラザラの舌で転がされたう〇い棒は砕けて擦られてネバついた。
ドラゴン魔王は不快感でのたうち回った。
ネバネバは苦手なのかもしれない。そう日本の魔王が思ったかは不明だが、一つ納得する様に頷くと別の菓子を取り出した。
カラムー〇ョだ。それを矢張り中身だけ全部いっぺんにドラゴン魔王の口に転移させた。
『!!』
口を閉ざされているドラゴン魔王は口内で火炎を爆発させた。お顔は真っ黒である。
いよいよ怒り心頭のドラゴン魔王が最大出力を以って迎え撃とうとしている。
しかし日本の魔王は
(カラムー〇ョの美味しさがわからないなんて)
と残念な目でドラゴン魔王を見ている。
首を横に振って仕方ないと溜め息を吐く日本の魔王。溜め息吐きたいのはきっとドラゴン魔王の方。
全身に力を漲らせるドラゴン魔王だったが、しかしその動きは止まった。
日本の魔王が次の菓子を転移させたからだ。因みに先に入っていたう〇い棒とカラムー〇ョは胃に転移させ済みである。お残しは許されない。
三度の強制食べ物転移だが、ドラゴン魔王は怒りを忘れて口内の物に恍惚とした目をした。
口封じの魔法を外されてもモゴモゴと口を動かしている。しかし口内から菓子が無くなって衝撃を受けた。
『……貴様……。今のは……何だ』
もの凄くプライドと戦いながら日本の魔王を睨んで聞く。
日本の魔王は驚いた様に両目を大きく開けていた。
『何だ!何か言いたいのか!貴様!何だコレは!』
地団駄を踏んで無くなった物を惜しんで、その苛立ちを日本の魔王にぶつけている。
そんな日本の魔王が手に持っている空の袋は、縁日で良く見かけるアレ。
「甘党だったのか」
綿菓子である。
『何だ!何なのだ!くそっ!こんな!この!』
お替り欲しいと言えずに地団駄踏むドラゴン魔王。
日本の魔王は次の菓子をドラゴン魔王の口に転移させた。
『!!』
嬉しそうに目を輝かせるドラゴン魔王。
今度のは蜜たっぷりリンゴ飴。噛み砕いては直ぐにこの美味しいのが消えるとドラゴン魔王はピタリと動きを止めた。
そこにすかさず次の菓子を出す日本の魔王。
それを見てゴクリと唾を飲み込むドラゴン魔王。うっかりリンゴ飴も飲み込んじゃった。
「人間は、こういう芸術を生み出す天才だ」
『何ていう事だ!』
ドヤ顔で言う日本の魔王に、悄然とするドラゴン魔王。勝敗は決まった様だ。
こうして日本の魔王に人間の文化愛好家の友人が出来たのだった。
魔王降臨する。日本に 蒼穹月 @sorazuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます