第1話

 一斉に地球に降り立った魔王達に翻弄され、混乱の極みを見せてから数か月。

 日本に降りた魔王は今、皇居を乗っ取り人間を支配


「っくあぁぁっ、良く寝た。矢張りこのマットレス買って正解だ。流石トゥ〇ースリーパー。奮発して良かった」


 してはいなかった。

 日本に降りた魔王は、最初こそは日本中に恐怖を与え、支配仕掛けてはいた。

 実際皇居はいの一番に占領した。

 だが、しかし。気まぐれで触れた人間の作り出した文化に、あっという間に感化されてしまっていたのだ。

 人間の作り出した物達に敬意を表した魔王はあっさりと皇居を返却。近くにアパートでも借りようとしていたが、流石に魔王を野放しに出来ない政府が監視しやすい場所に家を用意した。

 今魔王が住んでいるのは自衛隊駐屯基地が近くにあり、天皇たっての願いもあり皇居からも左程離れていない庭付き一戸建てだ。

 つまりめっちゃ都心。駅も近くて超便利。

 そもそも魔王に電車が必要かと問われれば満場一致で「ノー!」と答えるだろう。

 しかしこの魔王は平気で電車に乗る。

 なんなら山手線一周乗る。


「おっと。仕事の時間だ」


 そして魔王は今日も電車に乗って仕事現場に向かった。

 そう。人間の運営する仕事現場だ。


「えっと今日は新米自衛官達に指導頼まれてたっけ」


 その仕事は多岐に渡る。所謂何でも屋状態だが、よりにも依って自衛官や警察官達への指導までやっている。

 だって、給料良いから。一番良いのはTV出演。最近CMのオファーも来始めた。印税生活ウハウハである。

 いや、そもそも魔王に仕事が必要かって話だが。

 人間の文化に敬意を表している魔王は、ちゃんと清く正しく稼いだお金で貢ぐことこそ礼儀だと思っていた。なのでちゃんと仕事しているのである。


「よーし。じゃあいっちょ爆炎魔法打ちまくるから上手く防いで避けて俺に一撃当てに来いよー」


 因みに割とスパルタである。


「「「イエッサー!」」」


 自衛官達が魔王を見る目は最近鬼軍曹になりつつある。

 よくもまぁ数か月でとは思うが、そこは空気を読むというか慣れる天才の国民性故かもしれない。


 そんな魔王は最初こそ恐れられていたが最近は近所の人に挨拶される位には馴染んでいる。


「あら魔王さん、今日は。今日も推し活ですか」


 保育園帰りのお母さんが気軽にペコリと挨拶してくる。


「いや。今日は仕事だった。新米自衛官達を扱いて来た」

「あらまあ、ご苦労様です。私達人間なんて脆いから大変でしょう」

「まあ脆いが。他国ではまだまだ他の魔王達が暴れている。何時日本に来るかもわからんからな。鍛えるに越した事はなかろう」

「本当に。他所のお国は大変だわ。ウチは魔王さんで本当に運が良かった」

「一応魔王間で不可侵がマナーだが、きっと他国は他国で面白い文化が沢山あるだろうな」

「そうね。他の国ウチの魔王様みたいに仲良くして貰えれば良いのだけれど」

「ママぁ、まおーちゃんなかよしないのー?」

「あらあらまあまあ、そうねぇ。ウチの魔王様以外の魔王様には近寄らない様にね」

「はーい」


 と、こんな世間話を道すがらする位には馴染んでいる。


「そういえば今日はMマートで玉子と牛乳が安かったですよ」

「おお、それは行かねば」


 そう言うと、魔王は手を振り親子と別れた。

 Mマートに行く途中でコロッケの良い匂いがした。小腹が空いている時にこの匂いは抗えない。


「オヤジ、出来立てのをくれ」


 どうせ食べるなら出来立てが良い。ケースに並んでいるのもあるけれど、今作り途中のも勿論ある。


「おう。今揚げてんはカレーコロッケだが、それで良いかね」

「勿論だとも。しかしカレーコロッケと聞くとカレーパンを食べたくなるな」

「あーアレも揚げたては美味えよな」


 パチパチパチと衣が爆ぜる音を聞きながら、揚がるまでまたもや世間話が始まる。


「パン屋で揚げたて焼き立てはつい買ってしまうな」

「わかるぜ。俺もカミさんに控えろって言われてんだけどよ。つい手が出ちまわぁ」


 話していればあっという間にコロッケは揚がる。

 アツアツのコロッケを包んで渡してくれた。魔王はそれとお金を交換してその場を離れた。

 魔王はコロッケをハフハフしながらMマートへ向かった。


 Mマートから帰宅した魔王は手にマイバックを持っている。日本の魔王はエコにも考慮している。


「矢張りスーパーに行くと余分な物まで買ってしまうな」


 そう言って袋から出した物は玉子と牛乳だけでは無かった。


「いやしかしいつの間にコラボ商品など出していたのだか」


 お菓子コーナーで見かけたとあるコラボ商品が数個。開けるまで何が入っているかわからない系だ。


「む。これか。欲があると推しは中々来てくれないな」


 コトリとリビングテーブルに置いたのは、デロリとしたスライム。目が有る事からそれがモンスターの置物だとわかる。


「む。またこれか」


 それが続けて3個。

 めげずにもう1個開ければ今度は違う物が出た。


「お。ドラゴンか。アメリカにいる奴とは違い中々に愛嬌のある」


 顔見知りの魔王を思い浮かべてドラゴンの頭部分を指で撫でる。スライムより手前に置いて最後の1個を開封する。


「おお!来た!」


 最後の最後にお目当てを引き当てたらしい。

 魔王は喜色満面で出した物を掲げた。


「流石勇者。貫禄がある」


 引き当てたのは勇者。

 コラボ商品は某ゲームのキャラクター達だった。

 魔王はいそいそと立ち上がると、それらを持って移動した。


「この星には勇者などいないくて残念だ」


 向かった先は家の中でも一番広い部屋。

 そこには多種多様な置物や旅行写真が綺麗に飾り付けられて並べられていた。


 日本に降りた魔王は多趣味だったのだ。


「ゲームの新作も時期だし、発売前に温泉旅行でも楽しむかな」


 勇者の置物をモンスターvsという形に飾り、満足そうに頷く。

 リビングに戻ると最近買った温泉特集の雑誌を熟読し始めるのだった。

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