第3話 猫神様の神殿
マブルーカは、黄金のバステト像を拝めると心躍る思いだった。
「母さん、また黄金病でしょう」
レイラは母親をあきれ顔で見る。
「あたしはバステト様のありがたいお姿を早く拝みたいだけなの」
ムキになって否定したが、頬は緩んでいる。
「母さんの期待どおりかもしれないよ。何せここは黄金の都エジプトだからね」
ムクターが片目を瞑ってみせる。
「黄金が目当てじゃないわ!」
マブルーカは顔を真っ赤にした。
「黄金の神殿にレッツ・ゴー!」
神殿にむかって駆け出すレイラに、「レイラ! 危ないから走るのやめなさい!」マブルーカが大きな声で注意する。
「父さん、母さん、早く、早く!」
レイラはどんどん駆けて行く。
「マブルーカ、ぼく達も走ろう!」
そう言って夫婦も駆け出し、どんどん小さくなっていく娘の後ろ姿を追いかけた。
「あ、神殿が……」
五分ほど走ると、レイラはバステト神殿の正門に着いた。
神殿の入り口以外はすべて島で、ナイルから幅がおよそ30メートルほどの二本の運河が神殿の入り口に達し取り囲んでいる。正門の大きな楼門には3メートルほどの見事な彫刻が彫られ、その両脇にはお座りのポーズで二体のバステト神の石像が並ぶ。門を潜り抜けると長さ約500メートル、幅30メートルほどの石が敷き詰められた参道がのび、その先に、高さ30メートルはありそうな荘厳な大理石の神殿がそびえ立っていた。神域の総面積は3万平方メートルほどの巨大な神殿だ。
(神殿が巨大な美術品のようだわ)
レイラはネジムを入れた籠を抱きかかえ、ゆっくりと神殿の門を潜り抜けた。すると、神殿の敷地内に大小の様々な柄の猫が沢山いて、思い思い好きな場所で好きな事をしながら心地よさそうに遊んでいた。
「プルルー」
猫の鳴き声と匂いに、籠の中のネジムが騒ぎ始めた。
「にゃー、にゃー」
ゴトゴト、ガリガリ、バタバタ!
「もう、ネジム騒がないで。気になるんだね。すぐに籠から出してあげるわ」
そう言うとレイラはネジムが入った籠を地面に下ろし、籠の蓋をそっと開けた。
「プルルー」
ネジムは嬉しそうに声を上げ、外へ飛び出し、一目散に神殿の中へ走って行った。
「ネジム!」
驚いたレイラは「待ちなさい!」と叫んだが遅かった。
ネジムの姿は小さくなって神殿の中に消えていった。
レイラは慌ててネジムの後を追いかけた。
「どこに行ったんだろう?」
レイラとネジムがバステト神殿の中に入った後、ムクターとマブルーカが神殿の敷地内に着いた。
「レイラ! ネジム!」
ムクターとマブルーカは大きな声で二人を呼んだ。
「いったいどこに行ったんだ」
その時マブルーカが、ネジムを入れていたレイラの小さな籠を神殿の入り口付近で見つけた。
「あなた、これが!」
「レイラの籠だ」
「神殿の中に入って行ったのよ」
「ぼく達も行こう!」
「はい!」
二人は血相変えてレイラの後を追い、神殿の中に入って行った。
一方、ネジムを追って神殿の奥まで来たレイラは、道に迷ってしまい出口すらわからなくなっていた。
「ネジム! ネジム!」
レイラは大きな声で何度も呼んだが声は巨大な建物の中に吸い込まれてしまう。
(ネジム何処に行ってしまったの)
仕方なくレイラは石の長い廊下を、感をたよりに歩き続けた。
(火がないのに廊下が明るいのはなぜ?)
廊下に光が差し込んでいた。それは外の光を、鏡を使った高度な建築技術で神殿の奥の奥まで導いていたからだ。
(壁という壁にバステト神のレリーフが描かれているわ。どのバステト神も美しく威厳に満ちている)
レイラが歩き続けているうちに背丈の4倍はありそうな大きな扉の前に突き当たった。
「ここはなんの部屋かしら」
レイラが恐る恐るその扉を押し開くと、
「あっ!」
目の前にお座りのポーズをした、高さが20メートルはありそうな、巨大なバステト神の威厳に満ちた黄金の像が現れた。
「バステト神様」
レイラが迷い込んだところは、高位の神官しか入れない、神殿の中で最も神聖な礼拝堂だった。
「にゃー、にゃー」
「ネジム!」
レイラは巨大なバステト神の足元に、ネジムの姿を見つけた。
ネジムは黄金の石像に、必死に登ろうとしている。
「ネジム!」
レイラは喜び、ネジムのところに走ったが、ネジムはレイラのことなど気にも留めず、ひたすら巨大なバステト神の足に飛びつき、上のほうへよじ登ろうとした。
「ネジム」
レイラはネジムをスッと抱きかかえた。
「心配してたのよ」
レイラはネジムを落ち着かせようとしたが、彼は石像の上の方が気になるらしく、レイラの腕の中で抗った。
「にゃー、にゃー」
ネジムは像を見上げながら鳴き続ける。
レイラもネジムが見ている所を一緒に見上げた。すると、一瞬何かが光った。
「あ、今のはなに?」
心臓がドキッとした。
ネジムとレイラが巨大なバステト神の頭上を見つめていると、その光は薄暗い礼拝堂の中でキラキラと輝いた。
「あの光るものはなに?」
レイラは息を呑んだ。
体が微かに震え出す。
「にゃー!」
静まりかえった礼拝堂の中でネジムが声を上げた。
「みゃー!」
すると巨大なバステト神の頭上から猫の鳴き声が返ってきた。
「あんなところに猫がいるわ」
石像の頭に一匹の白い猫が姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます