第25話 幸せのサーモン

「南極のお話、聞きたいです~!」

 佑夏の目が輝いている。


 全員が、姫の言葉に同意し、この後に予定されてる東山先生の座談会に、宿の女将さんも同席することに。


 なんでも、東山先生は若い頃、この山小屋で働いていて、女将さんとも古い知り合いなのだそうだ。


「皆さん、お食事のご用意が出来ました。中にお入りください。」

 スタッフの声に、僕達はゾロゾロと、食堂の中に入って行く。


 やっぱり、というか川魚の料理。


 衣揚げのイワナか、ヤマメのような魚料理に、何やら刺身まである。

 僕の目にはサーモンに見えるが。


「これは、信州サーモンですか?」

 地元の小林さんが、スタッフに聞く。


「はい。そうです。」

 という返事に、誰もが「信州サーモンって何?」みたいな表情に。


 スタッフが解説する

「長野県水産試験場で開発された養殖品種です。ニジマスより、肉のきめが細かくて、美味しいんですよ。」


 佑夏が黙っているはずもなく

「ええ~!?そうなんですか?私、実家がニジマスの養殖場なんです!」


 この佑夏のウキウキした表情に、みんな引き込まれていく。


「佑夏ちゃん、それじゃサーモンのお料理は、何でも得意なのね?」

 水野さんの質問。


「う~ん、何でもって訳じゃないですけど、小さい頃から見てるから。」


 佑夏はそう言うと、さらに僕のサーモンの皿を取って

「中原くん、お刺身の味付け、私がやったげる!」


 テーブルのマヨネーズと胡椒を使って、味付けを始めてくれる姫。

 いつもながら、見事な手際である。食堂の中、照明はランプである。

 天井から吊り下がったランプの趣ある光が、僕達を照らしている。


 いきなり、小林さんの解説というか、宣伝というか、お話が入る。

「こちらのマヨネーズは、当パーク協会のモノをお使い頂いてます。平飼いで、環境に配慮した循環型養鶏です。」


 そうか、美味いのは、まず間違いないな。


 そのマヨネーズや、他の調味料、盛り付けられてる野菜を使い、「黄金の左手」で佑夏はサーモンの刺身を見事に、綺麗~な洋風サラダにしてしまう。


 見た目からして、既に、とてつもなく美味そうである。


「あら、佑夏ちゃん、左利きなの?カッコいいわね。」

 佑夏の手際の良さに、驚いた表情を浮かべながら、水野さんが問いかけてくる。


「は~い、そうなんです~!」

 そして、佑夏は僕に魅惑の「サーモンサラダ」の皿を差し出すと。


「はい、中原くん。食べてみて。」


「ありがとう、佑夏ちゃん。」

 皿を受け取り、一口、食す。


 絶妙~!!!な味付け!!!どうして、蟹座の女性ゆうかがやると、調味料の配分がこうもベストなのか?

 優秀なコンピューターでも、脳に内蔵されているかのようだ。

 

それだけでなく、食べる者への優しさと思いやりが感じられて、温かく幸せな気持ちになってしまう。


「旨~い!!!」

 演技でなく、つい叫んでしまう。あ、みんなの手前、恥ずかしいな。


 しかし、余りにも旨すぎて、箸は止まらず、次々にサーモンを口に放り込んでいると。


「あの~。」

 テーブルの向かい側からの声。


 ん?見てみると、理夢ちゃんが両手でサーモンの皿を持ち、目を大きく見開き、ヨダレを垂らしそうな表情で、こっちを見ている。


「ご夫婦みたいなとこ、申し訳あらしまへんけど。ウチのも、お願いできしまへんか?」

 女子高生りむちゃんの、この申し出に、佑夏はニコニコ顔で答える。


「うん、いいよ。お皿くれる?理夢ちゃんはどんな味が好きなの?」

 相手の好みを聞きながら、姫はまた、美しく綺麗なサーモンサラダを作りあげる。


「はい、できたよ。」

 佑夏にそう言われて、渡された皿を、理夢ちゃんは、待ちきれないといった様子で受け取ると

「おおきに!」


 早速、女子高生らしく、両肘の脇を締め、胸の前で軽く両手を握って、可愛らしくパクッ!

「ん~!美味しいわ~!!」(京都弁イントネーション)


(今、氣付いたが、この子も美少女だな。表情が凄く爽やかだ。)


 至福の笑顔となってしまった理夢ちゃんを見て、隣で食い入るように目を見張っていたルミ子さんは

「何!ホンマか!?白沢さん、すんまへん!ウチのもおたのします!


「は~い!」

 いつも通りの優しく、明るい返事。すっかり、シェフと化してしまった姫に


「佑夏ちゃん、私のも、いいかしら?」

 水野さんも続き


「すいません、私もお願いできませんか?」

 クールな小林さんまで、「食欲の権化」に


「白沢さん、私の物も、やっていただけないでしょうか?」

 ディーンフジオカ添乗員も、職務を忘れているし


(おい、ジンスケ。もちろん、オレにも喰わせてくれるんだろうな?帰ったら、佑夏に頼んでくれよ。)


(ぽん太!?お前な~!!!)


 終いには、この中原仁助をして「不気味」と言わしめる、山田さんまでもが、おずおずと佑夏に皿を差し出す始末。


 こうして思う存分、僕達は姫の「食材芸術作品」を堪能することができたのである。


 ふと、昼間見た森に棲むヤマネを思う。


 自然と小さな小動物は、こんなにも人間同士の絆を紡いでくれるのか。


 今日、初めて会ったばかりなのに、僕達は既に、かけがえのない仲間になっている。




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