第20話 幸せの指人形

早いもので、佑夏と出会って、もうすぐ一年、また、あの日と同じ梅雨の季節になる。


 若葉寮のボランティア中、彼女は一度も子供達を叱りつけたりしていない。


 姫のバイブルである、アランの幸福論の中に「怒りは怒りを持続させる」というのがあるらしい。


 泣いたりわめいたりしている子供を怒鳴ったりすれば、結果はさらにまずくなるのだと。


 子供が暴れている時は撫でてあげたり、目先を変えてあげるのが大事だと言ってたな。


 泣きわめく赤ちゃんを、母親があやして笑わせてあげる、あれのことだ。


 だからだろうか?


 どうも、佑夏は県教大ケンキョーの同級生達とは今一つ、そりが合わないように、僕はずっと感じている。


 何しろ、平成初期あたりまで、日本は学校での体罰が普通にあった国だ。


 さすがに、今では体罰は無くなったが、まだまだ教育大では「厳しい指導が重要」とか教えてるんだろう。


 ん?でも何だろう?


 佑夏のことを考えると、僕は最近、胸の疼きを感じるのは?




ああ、一年前、初めて佑夏に会った日も、こんな天気だったな。


 今、僕の家の中で、三歳になった苺奈子ちゃんが、僕のアグラの膝の上に座っている。


 それはそれとして、星姫の佑夏が隣に座っていてくれるのが、なんかまだ、信じられない。

 しかし、夢幻ではなく、紛れもない現実である。


 テーブルの向こうで、デブ猫・ぽん太が、そのヨリ目でじっとこっちを見ている。

 なんか、この猫は口元がニヤニヤ笑けているみたいだ。


 佑夏はバックに手を入れると、何やらゴソゴソ取り出そうとする

「今日は、モナちゃんにプレゼントがありま~す!」


「ホント!?なにー!?」

 目を輝かせる苺奈子ちゃん。


「じゃ~ん!これで~す!私が作ったんだよ☆」


 そう言って、佑夏が取り出したのは、可愛らしい指人形!

 苺奈子ちゃんの小さな指にはまるサイズで、「ウチワ」の形になっており、ふくらみの部分にウサギ、猫、熊など動物の顔が、なんと「刺繍で」あしらってある!


 信じられん器用さだ、この人、プロの手芸作家にもなれるじゃないか!?


「やったー!モナのだよ!」

 手を叩いて喜ぶ苺奈子ちゃん。


「あれ、でも佑夏ちゃん、みんな悲しそうな顔してない?」

 不思議に思って、僕が聞いてみると。


「ふふ。そーね、どうしてでしょう?モナちゃん、まず、指にこのお人形、してみようか?」

 という、姫のお言葉。


 確かに、良くできた人形ではあるのだが、どういう訳か一つ残らず、泣き顔や悲しみの表情をしているのである。

 その水色の人形を、姫は苺奈子ちゃんのモミジのような手の指にはめていく。


「ゆーかねーちゃん、ひとつたりないよ~?」

 なぜか指人形は九体しかない。人形の無い右手の人差し指を上げながら、苺奈子ちゃんが首を傾げる。


「モナちゃん、みんな悲しい顔してるでしょ?でもね、笑い顔は伝わるのよ。ほら、こんな風に。」

 佑夏が、もう一体の指人形を取り出すと、そこには鮮やかな黄色の生地に笑顔の女の子が刺繍してある!


「あー!モナだ!かわいー!!!!!」

 そう喜ぶ苺奈子ちゃんも、人形に負けず劣らずカワイイ。


 黄色の指人形に刺繍してある顔は、苺奈子ちゃんにソックリ!

 キャラデザも完璧で、サン○オ並の完成度である。


 それも、工業製品には無い、手作りの趣が一層、美しさを添えている。


 この白沢佑夏さんは、一体どれだけ果てしない才能を持っているんだ?


「中原くん、手伝って。」

 黄色の、最後の指人形を、苺奈子ちゃんの残った人差し指にはめた後、佑夏はそう言って、既にはまっていた水色の泣き顔指人形を反転させて、また、はめ直していく。


 リバーシブルだったのか!こんな小さいサイズで!驚愕の器用さだ。


 姫の仰せの通り、僕達は二人で、水色の指人形を全て反転させてみると...........。


「あー!みんな、わらってるー!アハハ!」

 苺奈子ちゃんは、僕の膝の上で、座ったままピョンピョン跳ねている。


 水色の指人形の裏側は、可愛らしいピンク色になっていて、刺繍されてる動物の顔は、みんな笑顔!

 佑夏ちゃん、君は、この幼児の為に、ここまで作り込んでたのか!?


「モナちゃん、笑顔は人から人に繋がっていくの。笑うと、モナちゃんも、みんなも幸せになれるのよ。

 それと、掌は人に見せようね。誰とでも仲良くなれるから。」

 姫の幸福論の解説である。


「佑夏ちゃん、アラン?」

 やっぱり、そう聞いてみたくなるね。


「うん。重要な部分よ。」


「これ、ゆーかねーちゃんのいろだー!」

 苺奈子ちゃんに言われて氣づいてしまう。


 ピンク、黄色、水色は佑夏の髪に着いている白い貝殻、さらにその貝殻に着いている三色のシーグラスの色だ。


 彼女の白い貝殻とシーグラスは、この日も輝いていた。



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