第2話


#2


 大学のある町は、いわゆる城下町でございまして。お城を基準に、地区の呼び名がございます。

 たとえば、大学のある地区は「城東」、これは城の東にあるからです。そして、駅前が「城北」、飲み屋街が軒を連ねる「城南」。そして……。

 今、私が向かっているのは「城西」のほうでございます。

 ここは風変わりな店が多く、何度訪れても常に新しい発見のある、素晴らしい場所です。

 城西の中でも、特に変わっているのが「そ町」という場所でして。名前のみょうちくりんさもさることながら、街並みも変わっております。やたらと三叉路や四辻が多く、ケータイの地図もときどき迷ってしまうのです。


 入学式のあと、私はしつこいサークル勧誘を避けて大学の裏口から出ましたところ、偶然、「そ町」にまっすぐ伸びる細い道を見つけたのでした。先導役のように三毛猫が私の前をずっと歩いていたので、よく覚えております。

 さきほど、「まっすぐ伸びる道」と申し上げましたが、ときたま道ではないところもありました。民家の瓦屋根の上や、塀の上を通ると、ちょうど「まっすぐ」そ町へ行けるという意味でございます。


 ほら、季節外れの椿の花のアーケード。あれをくぐれば、もう町に入ります。



 いつでも薄暗く曇っている町は、商店街の看板もかわいそうなくらい寂れております。が、決して、一軒たりとも暖簾をおろしてはいません。むしろ、下手な繁華街より、お店の数は多いのです。


 アーケードをくぐってすぐに、立ち飲み処がございます。まだお昼前なのに、ここに来るといつも満席です。

「あら」

 その席の中に、よく見知った顔がありました。

「稗田殿、稗田殿ではありませんか」

 私が呼びかけると、「稗田殿」こと、稗田礼二郎氏はこちらを見て、

「ああ、橘ヒメではありませんか! 珍しいですなあ」

と、伽藍洞のような大声をあげて立ち上がりました。その勢いで、ほかのお客様の徳利に入ったお酒やらジョッキのビールやらが激しく揺れてこぼれていきます。

「稗田殿は相変わらずおおきいですなあ」

「いやなに、世間が小さすぎる。 この前も私は満員電車に乗れませんで、歩いて仕事場へ向かいましたわい」

 ガハハハ、と稗田殿が笑うと、空気が大きく振動して、地面や木々たちが楽しそうにざわめきました。

「それは神さまが稗田殿のお身体を労わって、歩けとおっしゃったにちがいありません」

「おっ、ヒメさまもこの稗田の腹太鼓を気にしてるご様子。 どうれ、ひとつ、盛り上げてしんぜよう」

 そう言って、稗田殿はくるりと客席の方を向き、大きく息を吸い込み始めました。スウーッと吸い込みましたらば、テーブルは震え、おしぼりは宙に舞い、お客はみなテーブルにグッとしがみつきます。

 厨房の奥にいた店主が、

「空にまします天照に奉じますのはぁー、稗田礼二郎が腹太鼓ぉー」

 と囃子たてると、稗田殿は息をむんっと止めました。今にもはちきれそうなワイシャツの腹をぐっと前に突き出し、腹の両脇を平手で思い切り打ち鳴らしました。その衝撃で、ワイシャツはとうとうボタンが弾け飛び、布地も破れ去ってしまいます。


 どおぉおおん……


 重い地響きのようなその音に、私はよろめいて、尻もちをつきました。

 店内のお客も、ほとんどひっくり返っている有様。

 ただ、店長だけは、「今日も響いたねえ」と穏やかに笑って拍手しております。

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純白の頭蓋 坂田ノ大郎女 @iratsume

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