緊急契約・新たな任務(2)
他にも言うべきこと、尋ねることが多くあるはずなのに、その疑問が口をついて出た。マリアは特に表情を変えることもなく答えてくる。
「俺と同じ小隊にいた義勇兵だ。日本人で、優秀な兵士だった。しかし偏屈ものでな。柔軟な発想で戦闘を有利に運ぶ頭があるくせに、自分の信念を曲げない頑固者でもあった。本人曰く、先祖が武士という階級で、それに恥じないように戦っているとか言ってたが、まあ俺からすれば余計な仕事を増やす面倒な奴だった」
乾パンをカップの上に乗せて地面に置き、手についた泥を軍服の袖に擦りつけて落としながら答える。
「だが、奴が意見を通そうとする場所は常に良心と合理が反駁していて、何故か非効率な良心を据えて任務に当たるときは不思議といい結果に終わった。その信念への頑固さと命知らずな活躍で”サムライ”なんて呼ばれるようになってやがった」
「そんな奴がいるのか。ぜひ会ってみたいもんだ。同じ部隊ってことはそいつもこの基地にいるんだろう?」
「死んだ。八ヶ月も前にな。砲弾が直撃して髪一本すら残らなかった」
間を挟まず言われた予想外の答えと、何も不自然ではない理由に、次の言葉に一瞬詰まる。その間に話しは続いた。
「俺のせいで死んだ」
今度こそ、言葉が出なくなる。
「いやいや、それは違うだろ」
「あなたの責任じゃないデスよマリア伍長」
宴の輪から外れてピエールとコルンが近くにやって来る。そして言葉を続けた。
「サムライは自分の信念に従って判断した。その結果、あの世に行っちまったんだ」
「マリア伍長が、自分の力が及ばなくてアイツを死なせたなんて自責を勝手に背負ったら、それこそ怒ルでしょうヨ」
マリアは目をつぶって深く息を吐いた。
「そうだ。その通りだ。だがこれは俺の信念だ。あいつを死なせたことではなく、最大多数を救助する自分の任務を放棄したことには責を負うべきなのだ」
口を歪めて目を伏し言葉が吐かれる。それを聞いてコルンとピエールは目を見合わせ、手のひらを持ち上げて肩をすくめてお手上げのジェスチャーを二人揃ってとった。そして、再び宴の中へと戻っていく。
マリアと二人、掩蔽壕の隅に残され、沈黙が降りる。
「親しかったのか……?」
「いや、全く。いつも喧嘩ばっかりしていた、馬鹿な同僚だ」
言うと、マリアは座りを直して壁に背中を預けた。口は結ばれ、目は地面を向いて固定されている。この話はどうやらここまでで終わりになったようだ。
自分のマリア同様に壁に寄りかかり、粉っぽい砂糖汁みたいなジュースと水分のない固いパンを口に入れる。
しばらくそのようにしていると、マリアが動く気配を感じ視線を右に向けた。
彼は首の毛皮へ手を差し込むと、そこに埋もれながら掛けられていた太いチェーンを引っ張ってベストの内側から何かを取り出している。引き出されるチェーンの先端につながっていたものは、人間の手のひらに収まるくらいの大きさの箱であった。
それの箱のふたをゆっくり取り外したマリアは、中から卵状のものを左手の肉球の上に転がし出してしっかりと握り込む。
卵状のものと言うか、それは形だけならば卵そのものだった。しかし本物と違うのは質感、そして色だ。その卵の表面は荒削りの微細な凹凸が見える。素材は石の類だろう。そして、単純な色付けが施されていた。卵の下方半分は自然的な黄色で、上半分は青空色で塗られている。
卵を握ったマリアは、右の外装義手をチェーンに繋がった保管箱にいれて、細いマジックペンを持つ。キャップを口にくわえて外し、卵の表面に何かを記し始めた。
「石の卵?何なんだそれ」
「イースターエッグに決まっているだろう。見れば分かる……いや、東欧の教会では馴染みが無いのだったか」
マリアは手を止めずに説明した。
「西欧では復活祭の日に装飾した鶏卵やその模造品を隠して、子供たちに見つけさせる行事がある。その時に使う卵をイースターエッグと呼ぶんだ」
「その卵をどうして今、あんたが作っているんだ」
「お前には関係ない」
質問はにべも無く切り捨てられてしまった。
しかしマリアが何を書いているのかが気になり、イースターエッグを観察する。黄色と青で塗装された表面、その境界上と青色の部分に、小さな黒い星型がいくつもあった。マリアは手に対して小さすぎるイースターエッグを持ちながら、外装義手で持った細いペンで黒い星を新たに書き込んでいた。
「その星、どういう意味があるんだ?」
予想はしていたが、マリアは何も返答しなかった。ただ黙々と、繊細な動作が苦手な外装義手に持ったペンで慎重に星を書き込んでいる。
自分は馴染み無い西欧の文化には興味はない。だが、子供の遊びの為の道具へ真剣に色を足すその姿に奇妙な関心を持ち、いつの間にかマリアの手元をじっと見つめていた。
しばしの後、マリアがゆっくりと深く息を吐き、書き込みを終えた。新たに加えられたものは二つの星型であった。結局その装飾の色や形にどんな意味があるのか、見ているだけでは分からないのだった。
マリアが再び首に下げる箱の中へイースターエッグとペンをしまう。
丁度その時だ。
外からバタバタと足音が聞こえ、天幕が勢いよく開かれた。
「エックハルトはここか!?」
坊主頭の人間、いかにも堅物そうな皴を額に付けている青年が息せき切らせて飛び込んできた。
「おう、ギュンターじゃねえか。ハードワーカーが司令室から出てくるなんて珍しい。細すぎる眉を書き足しといてやったことにようやく気づいたか?」
「うはは!ボスも気が付いてて言わねえんだもんな。朝礼で笑い堪えるの必死だったぜ」
掩蔽壕のマリアと自分以外の全員が笑い声をあげる。青年は慌てて眉を指でぬぐい手を見るが、汗で落ちないものと確認すると目を吊り上げ、口をゆがめて歯ぎしりをみせた。
だが、直ぐに気を取り戻して大声を出す。
「そんなことはどうでも良い。エックハルト……マリアは何処だ!」
「ここに居る」
「うおっ」
入口のすぐ近くで死角に隠れていた巨体の存在に驚いて、ギュンターは身を跳ね上げる。だがすぐに姿勢を戻して言葉を続けた。
「マリア、招集だ。ボスが呼んでいらっしゃる。司令室へ急ぎこい」
「おいおい、マリアは返ってきたばっかりだぜ」
「マリアだけじゃない。ピエール、コルン。お前たちもだ!」
「マジかよ」
「やれやれデスね」
2人がゆっくりと立ち上がるところをギュンターがせわしなく指で腰を叩きながら見ている。
「それと……コンスタンチノス軍曹!どちらに?」
「えっ、自分ですか」
「おわっ」
再び死角から声を受けたギュンターが驚く。
「ボスがあなたもお呼びです」
「自分を?何故ですか」
「とにかく司令室へ来てください。さっきまでおられた場所です」
ギュンターはこちらへ声だけかけると、再びコルンとピエールを見た。坊主頭を掻きながら声を荒げる。
「何をノロノロしているっ。急がんか!」
「どうしたんだよいきなり。撤退支援はマリアで最後だろ」
「雑用なら急かさナイでほしいデス」
「馬鹿者!」
大喝が屋内に轟いた。静まった兵士たちの雰囲気からゆとりが抜かれ、ピエールとコルン、マリアの目に先鋭さが入る。
「戦闘支援任務だ。第二十一塹壕が急襲を受けている」
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