兎の担架兵(5)
爆発。
衝撃。
轟音。
進路を変えなければそこにいた場所へ、榴弾が落ちた。
「これは!?」
「言わずもがなだろう」
「敵がこちらを射程に捕らえたのか。何故だ」
敵の砲撃隊は塹壕から五キロメートルは離れていた。担架兵が応急処置をして離脱した時間を考慮しても高速で離れていく自分たちを射程に収める位置へ移動できるはずがない。はたして何を使い、どこから撃ってきているというのか。
思考する自分へ彼が言う。
「お前たちの砲撃隊、一部の砲門を置いてきたはずだな」
「その通りだ。しかし、鹵獲を防ぐためにきちんと自爆処理を行ったぞ」
「最後まで、実際に自爆させるとこまでやり終えたか?」
「……いや、撤退速度を重視して、砲塔内部に爆弾を仕掛けて装填時に起動するよう処理しただけだ」
「ふん。なら単純に、自己破壊処理を解体されて、元はあんたらの物だった砲で撃たれているんだろう」
「そんな命がけの真似を一般兵士にさせる訳が――」
気付いた。そして、割れんばかりに歯を食いしばる。
「強制徴用した民間人にやらせたのか……」
担架に伏したままがくりと首を垂れる。国際法に唾を吐くような、占領地での民間人の徴兵。部下の命を奪ったあの時の人々だけでなく、更なる数がいたというのか。
戦場とは言え、現代では国際法に定められたルールがある。それが何の効力も無く無視され、「やってはいけないこと」が臆面も無く行われる現実に絶望を感じた。
風に消える呟きに、マリアが言葉を連ねた。
「戦場の悪性に底は無し、か」
それは静かで、彼の疾走に見合わない力のない声だった。
「効率的な悪心は栄え、不合理な善心は潰れる。戦場は悪いもの勝ち。それが真実か……?」
はたして、どのような心境で彼がその言葉を口にしているのか、自分にはわからなかった。しかし、その次の言葉とその中に含まれた感情ははっきり聞こえた。
「――気に食わんな」
それは、静かなる怒気であり、否定の言葉であった。
再び進路が変わる。慣性が体に掛り、りゅう弾砲の爆発が轟いた。
「すまない、せっかく助けてくれたというのに。このままではあんたも危うい。どうか我々を置いて行ってくれ」
「ああ、分かった。このまま全員で逃げ切る」
「そう、俺たちを捨てて……え?今何と――」
進路転換。
再び数秒の後、爆発。それを遠く置き去りにしてマリアは速度を落とすことなく進み続けている。
「――っ。そういえば、先ほどからあんたはどうして着弾のはるか前に進路変更をして!?」
質問に返答はない。
そしてまた進路変更。数秒を過ぎて、十分安全な距離を離れた後に着弾爆発がおきる。
そしてそのタイミングで見た。後ろから見る兎獣人の特徴的な、ニット帽に包まれた長い耳が僅かに動く瞬間を。
「音……いや、
「水平射撃でなければ、どうやっても放物線で飛ぶ砲弾より、発射時に生じる音速以上の衝撃波が先に来る」
「獣人の耳には聞こえていると」
「ふん。向こうもいい観測装置を使っているらしいが、所詮は誘導無しの当てずっぽうだ。空振を捉えた時に方向転換すれば当たる筈も無い」
「それは、なんという……。なんという事だ……!」
自分はこの獣人に出会ってから、驚かされっぱなしである。
「分かったら黙ってしがみ付いてろ。三人の誰も降ろす必要などない。まとめて後送してやる」
「なんて……担架兵だ」
最早返事をせず、マリアは砲撃を完璧に躱しながら疾走する。人間には聞こえない、砲弾が空気を打ち破る空振を聞き、最低限の進路変更で着弾地点を避ける。速度を一切落とさないまま、通常では動くこともままならない泥濘地を自分の脚から生み出したエネルギーとスキー装備で風のごとく駆け抜ける。
その雄姿に心が希望を再び灯した。
(これならばいける。シーマ、お前は助かるぞ。リョーシャ、家族の元へ帰してやるぞ)
思わず涙ぐんでそう思った時だ。
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