己を超えて限界突破〜可能性はインフィニティ〜

八隣 碌

第1話 パンデミックの爪痕

朝日が窓から瞼を越えて突き刺さる。外ではカラスが必死に頭を使って餌を確保している。鳴き声が煩わしい。

頭をボリボリ掻きむしりながら重たい身体を起こし台所へ向かう。


部屋は都内の一人暮らしにはちょうどいいワンルームマンションで25平米しかない。ベットを降りて3歩歩けばそこは台所だ。

一人暮らしの怠け者には最適の環境かもしれない。

手を伸ばせば必要な物に手が届く。ベッドを中心に生活が行えるのはニートにとって最適だ。


別に好き好んでニートになった訳じゃない。世の中は空前絶後のパンデミックで職が無くなってしまったのだ。僅かな貯金を頼りに現在1年生きてきた。だがその蓄えも残り天井が見える程に目減していた。

もし朝目を覚ますことがなければどれだけ幸せなのだろう。そんな事を幾度妄想した事だろう。しかし現実は無常だ。


水道の蛇口を右へ回す。特に手入れをしているわけでもない為水回りには水垢やカルキが付着している。回す蛇口もギュッギュっと不穏な音を奏でる。まるで今日一日が凶日となりうると示唆しているかのようだ。

いつ洗ったのかも分からないタオルで顔に残った水滴を拭う。


「なんか濡れた犬っぽい匂いする」


積み重なった洗濯物の残骸が入った籠へ投げ入れる。少し水気を含んだタオルは綺麗な弧を描き描き飛んでいく。そして見事に籠を外した。


「あーもう。 めんどくさっ」


男は何も見なかった事にしてベッドへ戻り腰掛けた。脇に設置された小さなテーブルに置かれたノートパソコンを持ち上げ、ベッドの上に無造作にいた。

電源を入れると内部で何かが高速で回る音と共に画面が明るくなった。小慣れた手つきでインターネットを繋ぎ検索サイトへ飛んだ。


『正社員 求人 都内』


検索バーに文字を入れてenterを押す。


画面は瞬時に切り替わり様々な求人情報を乗せた総合サイトが画面いっぱいに情報を表示する。


「はぁ。 どれもこれも要資格かよ」


時期が時期だけにどの求人も専門的知識を持つ事を証明する為に必要な資格保持が採用条件に組み込まれている。

無資格30歳手前の独身ニートは世の中に求められていなかった。


「あーあ。こんな事ならもっと勉強しとくんだった。 大体誰がこんな世の中予想するっていうんだよ。普通に俺だって就活成功して働いてたんだぞ。旅行会社に就職したせいで」


自分の過去を恨んだ。もちろん未来の事は誰にも予測出来ない。今の自分の状況は不運なのだ。歩いてたら隕石に当たって死んじゃった的なギャグアニメでようやく有えるレベルの不運が身に降り掛かっただけなのだ。


「いや、違う。備えてなかっただけか。平穏な毎日が続くと胡座かいてのうのうと生きた結果が今か」


半ば諦めた気持ちで今度はメールボックスを開く。

毎日いくつもの求人に申し込みをしているが大抵帰ってくるのは“お祈りメール”ばかりだった。


「どいつもこいつも。祈らないでいいから仕事よこせよ」


無気力で次々とメールを開く。たまに入っているアダルトサイトへの誘導らしきメールも間違えて開いてしまうが、どうせ抜き取られて困る個人情報なんて持ち合わせていない。そんな浅はかな考えの下に次々メールを開いていく。

現実の世界のウイルスに、こんな酷い目に遭わされている事も忘れて、さらにネット世界のウイルスにも感染を受け入れてしまうあたり、結局何も学んでないのだろう。


そんな数ある無意味なメールの中に一つ興味の引くタイトルの物が受信されていた。


【自分の限界を超えたい方。自分自身に打ち勝って一段上のステージへ】


如何にも胡散臭いセミナーの勧誘のような文言に逆に笑ってしまった。


「ん〜 どれどれ? 」


内容を見てみると


・・・自分の限界を感じている方、自分の可能性を広げたい方必見。


今の自分に満足ですか?

もしあんな技術があったら。

あんな才能があったら。

あんな職業に就いていたら。


自分の可能性を模索したそんなご経験は有りませんか?


そんな皆さんの持つ“もしも”の自分を叶えるチャンスが有ります


詳細は下記のリンクへGO↓↓↓

http://www.onorewokoero.itgo.co.jp



「なんかのセミナーか宗教かな。くだらないけどちょっと面白そうだって思っちゃう俺って暇人だよなぁ。まぁとりあえず暇つぶしにポチッと」


マウスを動かしURLに合わせてクリックをする。

ページが移り変わり画面に大きく端的に現れた文字。


【自分を超える覚悟はあるか?】

YES / NO


「自分を超える覚悟か...... 覚悟を最も昔に持っておけば...... 」


学生時代はプロ野球選手を目指して青春街道を突き進んできた。

だが親に反対された為、結局中堅どころの旅行代理店に嫌々就職する事になったのだ。


「随分と痛いとこついてくるね笑 とりあえずYESだよね」


YESにカーソルを合わせてマウスの左ボタンを一回軽く人差し指で叩く。

パソコンの画面が暗転し真っ暗になると画面の枠を超えて“黒”が溢れ出し部屋を侵蝕した。一瞬の事で理解が追いつかないが今まで煩わしかった光が一切消え去り虚無をいう言葉以外の形容が出来ない真っ黒な空間に取り残された。


「はっ? え? 夢? なに? 」


右往左往しているだけで何も出来ない。そんな自分が不甲斐ない。そんな“カッコイイ”事を考える余裕すらない。明確な命の危機より、状況の理解が追い付かない現在の怪現象の方が圧倒的に恐怖だという事を身を持って知った。


座っていたはずのベッドも消え去り何も無い空間に浮いている。上下左右そんな概念は完全なる無重力のようなこの虚無の空間には存在すらしなかった。


突然頭の中に声が響き渡る。


『こんにちは渡ワタルさん。 自分の限界を超えたいと願った貴方に素晴らしい未来が訪れますように』


そんな声が消えると目の前の空間に文字が現れた。立体映像の技術が進化したらこんな風に見える日が来るのかもしれない。


“世界を渡る能力”を授けます。

貴方はこれより様々な己の可能性に直面します。

自らの可能性を乗り越えて成長してください。

以上.......


読み終えると目の前に扉が現れた。中世ヨーロッパなどで見られるような木製の扉にノックする為の鉄で作られた悪魔のような顔をしたノックする為の飾りが付いている。口に咥えられた鉄の輪っかが自然に動きカンッカンッと自動的に二度ノックした。


ギーーーっと鈍い音を立てながら扉が開くと抗えない吸引力で身体は扉の中に吸い込まれていった。



目を覚ますとそこは見た事の無い場所でだった。

ボロボロになったコンクリートが印象的で明らかに使われていない様な場所だ。

辺りを見渡すとどうやら山の頂上にいる事だけは分かった。


「どこだここ」


先ほど迄の事は夢だったのか? 頭の中で記憶を辿り先ほど迄の不可解な事象を整理した。

しかし残念な事に考えれば考える程訳が分からなくなり、結果として考える事をやめた。


「とりあえず歩こう。ここが何処なのかもわかんない」


就職出来ないストレスからもしかしたら精神を病んでしまったのか?

一抹の不安を心に抱き、明かりが見える方へを歩き始めたのだった。


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