3-2
「その子は努力嫌いなんですよね。一生懸命頑張る、ということを格好悪いことだと思っている」
“その子”というのは直亮のことである。いつものファミレスで一志はセンターの友達たちの話をしていた。
「ふむ」と頷く文彦。
「まあ、他にもいろいろと思うところというか、気になるポイントはあるんですけど」
「そうっぽいですね」
「何となくなんですけどね」と、一志はスプーンをカップの中でかき混ぜる。「その子には、注意をしたり叱ってくれる人がいなかったのかなって。だから本人の責任じゃないわけだから可哀想っちゃ可哀想なんですけど」
「シーさんが怒ってあげたら?」
一志は即答した。
「空気が悪くなるのも嫌だし、センターにいづらくなるのも嫌だし」
「なるほど」
「それに、その子とずっと一緒にいたいって思ってますし」
「そこが赤の他人の切ないところですね。根本的にはその人がどうなろうがどうだって構わないっていう」
やや強い表現だったが、一志はあっさりとそれを受け入れた。
「ただ家族親戚もキツいものがありますよ」
「だからマシな方を選ぶしかないってことなんでしょうね。身近だけど無神経で乱暴っていうのと、居心地はいいけどあくまでも無関心っていうのと。おれなんかは、殴られるぐらいなら無視されたほうがまだマシって思うタイプなんですけど」
「マザーテレサ
「愛の反対は憎しみじゃなくて無関心——だから、憎まれるのと無関心のどっちがマシなのかってことですよね。おれとしては、いずれにしても愛がないのであればどっちだって大して変わらないんじゃないのって思っちゃいますけど」
二人は顔を見合わせて笑った。
文彦は“頭がいい”と一志は思っていた。それは、直亮のように“自分のことを頭がいいと思っている人”とは違い、本当にいろいろなことを考えて生きてきたのだろうと思わせる雰囲気を
同性愛者、というだけで面倒な人生を送ってきただろうに、女性と結婚して子供まで儲けている。いろいろと考えることが多いのだろうと一志は思う。あるいは同情に近い気持ちがあるのかもしれない。文彦曰く、「ちゃらんぽらんなゲイは普通にいるし、いい加減な既婚ゲイも別に珍しくはない」ということだったが、しかし文彦はちゃらんぽらんではなさそうだと一志は思った。
もっとも細かいことはわからない。何と言っても文彦はインターネットでゲイ活動をしている。ワンナイトラブも多いそうだ。奥さんや子どもを騙して外で知らない男と遊んで平気な顔で家に帰るクズだよ、と、文彦は言っていた。だが、それを正当化しているようには一志には見えなかった。
しょうがないことがある、という
それは例えば——自分が精神の病気で、普通の人が普通にしていることが普通にできないのは、結局のところ、“しょうがない”ことであるのと同じような気がしていた。
「まあ、シーさんはその子のことがなんだかんだ好きなわけですし、それが全てだと思いますけどね」
文彦の言葉に一志は、へへ、と笑う。
「なんだかんだ大事な友達ですよ」
「もうちょっと暖簾に腕が押せたらいいですね、とは思いますが」
「まさにまさに」
「ただ」
と、そこでしばし考え込み、何だろうと思っていたら文彦は続けた。
「完璧な人間なんていない、というより、なにもかもが自分にとって都合のいい人間はいないわけで、どんな人にだって自分にとって都合の悪い部分はあるわけで、それをも含めて一緒にいたいと思えるかどうか、だと思いますよ」
ふと一志は自分の家族親戚のことを思った。
いろいろと思うところのある人々だった。
幼い頃から自分を苦しめる人たちだったといまの一志には思えてならない。
それでも、生まれたときから一緒にいる人たちで、何の情もないわけではない。
それでも——。
“もうダメ”だった。
自分にとって都合が悪い、と言えばそうなのだろう。だがそこで、それでも一緒にいたいとはどうしても思えない。それこそ早く死んでくれたらいいのにと思う。そう、亡くなった自分の両親のように。
両親が死んでホッとした——その延長線上の安心を得たいと思う。
だいぶ歪んでしまったと思う。
ただ、それだけの理由があると思えてならない。
あの人たちは、もう、いい。
もはや都合がいいとか都合が悪いとか、そういうことを考える次元を超越してしまった。はっきりと言ってしまえば、いまの一志にとって、家族親戚という存在は——。
“邪魔”でしかなかった。
「ブンさんは本当に頭が良くて」
「そんなことないですよ」
「いや、少なくともその子よりずっと」
そこで文彦は、ちょっと微笑む。
「結局のところおれたちは、自分にとって都合のいい意見を言ってくれる人を頭がいいと捉えているだけなのかもしれませんよ」
だからこそ文彦は頭がいいのだ、と、一志は
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