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 ファミレス。文彦との夕飯。

「小説でうまくいくのは、うまくいってると自分で思えるのは、九割冷静で一割情熱的にやってるからだと思うんです」

 小説談義からなんとなく一志は自身の創作活動について話を始めた。

「ほう」と、文彦。

「そうですね……」頭の中で言葉を組み立て、やがて説明を始める。「僕の先生なんかが診察のときそうしてるらしいんです。九割論理的で一割感情的で」

 一志が精神の障害者であることを文彦は知っている。なぜ知っているのかというと、文彦が既婚ゲイであることを一志が知っているように、一志もまた自分のプロフィールに病気のことを書いているからである。その性質上、一志のネット上の友人たちはだいたい同じように精神の病気をわずらっている者たちである。そんな中で文彦のように障害者ではない人物はなかなか少なかった。そして、文彦が一志についてなんら怖れを抱くことがなかったからこそ、二人の関係は続いている。

 一志は続ける。

「だから小説だと自分自身の処理というか、自己管理ができるんだと思うんです。ところが——これが現実の日常生活では九十九・九九九無限大パーセント感情的に生きてて、なにかが起こってパニックになると百になるという」

 一志は統合失調症の診断を受けている。それについて、基本的には日常生活に支障はない。かつては幻覚と妄想にさいなまされ一時期入院をしたこともあるが、いまではすっかりそういった症状は出なくなっている。しかし、日常生活に支障はないとはいえ、“普通の人”と同じようにやっていけるわけではない。実際、一志は長らくであり、入院し、現在の病院に通院するようになった当初は健康的な引きこもりなるものを目指すように主治医に言われていた。そして穏やかな日々を獲得かくとくし、やがていまにいたる。

 一志はとにかく、慌てやすかった。なにかイレギュラーな出来事が起こったとき、本人曰く「四十歳の大人の男とは思えないパニクり方」をする。別に物に当たったり他者を攻撃したりするわけではないが、そのことだけで頭がいっぱいになり他のことを考えている余裕が一切なくなってしまう。主治医にアドバイスをもらって実践してはいるが、なかなか解決しない。

 それでも一時期に比べればだいぶマシになってきたのではないか、というぐらいの自信は一志にはある。通院の力と、服薬の力と、そして自己管理の力によって一志はなんとか“マシなレベル”を保てていると客観的にそう思えていた。

 ふんふんと興味深く頷きながら文彦は一志の言葉をゆっくりと待った。

「だから、喜びは倍増だけど同時に苦しみも倍増っていう。でも、別にプライベートならそれはそれでいいような気がするんです究極。そういう不器用な生き方もありなんじゃないかって」

「でも仕事となればそうはいかない」

 文彦の言葉に、一志は大いに頷いた。

「はい」

「いちいち一喜一憂していたら身がもたない。やりたくないこともやらなきゃいけないし、理不尽な目に遭っていちいち落ち込んでいたらキリがないし、つまり生活をしていくことができなくなってしまう」

「そういうことに、同じ病気の友達と出会ったり、就労支援で配慮してもらいながら仕事してる中、先生に、君の病気はもう治らないって言われてからどんどん気づけるようになってきて」

 文彦は軽く驚いた。

「治らないんですか?」

 主治医の言っていたことを思い返しながら一志は答えた。

「医学が発展すればあるいはってことですけど」

「なるほど」

「いま、診察を受けて薬を飲んで、それでギリギリマシなレベルというか、健常の状態を保てているっていうのが、まあ客観的な僕の現実です」

「辛いですか」

 どこか不安そうに、あるいは心配そうにそう訊ねる文彦に、一志はちょっと考えたのち、そして少し微笑んだ。

「辛さもふくめて自分だと思えるように——自分の在り方を受け入れられるようになってきました」

「それはシーさんにとっていいことなのかな」

「いいことですね」一志は断言する。「少なくとも、前までは、自分のことを自分で受け入れることなんて、とてもできなかったですし」

「それなら、一歩前進しているってわけですね」

 一志ははにかむ。

「ま、仕事で感情的にならないようにするっていうのもいままでの生き方が生き方だったもので、一朝一夕いっちょういっせきじゃ無理なんですけどね。コツはもう掴めてるんじゃないかなーって思ってます」

「それはなにより」

「もしこのまま小説家になれたら」

 真剣な表情で、真剣な表情の文彦の目をまっすぐに見つめる。

「そうなったらそれが一番望ましいとして」

「そうですね」

 そこで一志は、期待と不安を織り交ぜた表情になった。

「なんだか普通の仕事でもやっていけるような気がして」

「へえ」

「——嬉しいですね」

 一志とて、今回のコンテストで間違いなく自分が賞を取る、とは、思っていない。

 勝負の世界には運の要素もある。自分では自分の物語はとてつもなく面白いと思っているが、それだけでは根拠のない自信にしかならない。一志はこれまで小説家志望の人間として何ら実績を残していないのだ。つまりいまの一志には根拠のある自信となるものがなかった。だから、自分が落選する可能性も当然考えてはいた。

 基本的には、受かる、と思っている。受からないはずがない、と思っている。しかしそれでもその保証はない。

 普通に、ということは、一志が常に気をつけていることだった。

 あるいはそれは同性愛者である文彦にとっても同じことなのかもしれない、と、一志はなんとなく思う。だから自分たちは気が合っているのかどうか、そこまではわからない。ただ——なんだかんだ、生きにくい二人がいまここにそろっている、ということは、感じていた。

 一志はA型に勤務しながら、小説家になることが叶えばそれが一番として、このまま普通に生きていくのであればと障害者雇用を目指している。そしてそのまま働き続けるということを目指している。

 そういうことを目指せるようになって、一志は、嬉しかった。

 そんな自分を、とてもとても嬉しく思っている。

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