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 ということをいとこの愛斗に相談してみたら、彼は電話口で「そんなこといちいち気にすんな」と言い放ったため、航也は、ああまたか、と、つくづく学習能力のない自分に嫌気が差した。

「でも気になるものは気になるんだよ」

「あるあるだろ。あるある。いちいち気にしててもしょうがないって」

 “あるある”だから“いちいち気にしててもしょうがない”という理屈がよくわからない。

「それはそうだろうけど、やりづらいんだよ」

「なんでそのおっさんとうまくいかないのかっていうその理由がはっきりわかれば解決するだろ」

「相性が悪い」

 と言ったら愛斗は鼻で笑った。

「それじゃ理由にならないよ」

 いい加減切ろうかな、と、航也は思った。

「ごめん、お母さんに呼ばれてるからもう切るよ」

「わかった。また相談乗るから」

「じゃあ」

「じゃあね」

 と言って航也はスマホを切った。

 ふう、と、ため息をついてベッドに寝転がる。

 そもそも愛斗の方から愚痴があったら聞くよ、悩みがあったら相談に乗るよと言われたから話をしたのにこの始末である。そしてそれはいつものことである。だからこうなってくると悪いのは何度も話をしてしまう自分である。「また相談に乗る」と言われたが、彼が自分の相談に乗ってくれたことなどいまだかつて一度もない。いつも、なにを言っても「そんなこといちいち気にするな」と言うだけだ。あるいは愛斗自身が誰かになにかを相談するという習慣がないからこそ相談相手として相応しくないということなのかもしれなかった。そしてその推測ができているというのに会話の流れに流されて話をしてしまう自分に航也はイライラしていた。

 話すことは特にないよと言うと不機嫌そうな表情になることもそれもそれで面倒だった。あるときなど「話したくないのかもしれないけどさ」などと切なげに言われ、そろそろこのいとことの関係性の構築についても改めて考えなければならないと思うのだがどうすればいいのかわからない。親戚として無下むげな態度を取るわけにはいかないと航也はいつも思っていた。親戚として、付き合いたくないから付き合わない、というわけにはいかない。ただでさえ昔からの付き合いで、子どものころは純粋に仲がよかったのだから。

 彼の「なんでそのおっさんとうまくいかないのかっていうその理由がはっきりわかれば解決するだろ」という発言を思い返し、愛斗のようにこんなに単純に生きられたら楽なのだろうなと航也は一方でそう思う。そのこと自体は確かにその通りかもしれないがそれにしても相性の問題以外に理由がはっきりとわからないから苦労しているということがなぜわからないのだろうと思う。そもそも“理由がわかれば解決する”というのも問題を単純化簡略化しすぎだと思うばかりだった。それは明らかに自分の抱えている問題を彼が“ナメている”––––航也にはそう思えてならなかった。

 それも自分に原因があるのだろうか、と思うと、航也は複雑だった。

 かつて自分は家族親戚の中でなかなかのトラブルメイカーだったことを思う。といってもなにか犯罪行為を行なっていたわけではない。航也からすれば自分が“トラブル”を引き起こしていたのにも理由がある。それは家族親戚が自分の話をろくに聞いてくれなかったことに起因きいんする。例えば小学校二年生の頃、航也がいま住んでいる新築の家に引っ越してきて同じ地元に住んでいる愛斗たち父方の親戚たちと自宅で出前を取ったとき、航也の注文したはずの品が間違って届いたことがある。チャーシューメンが食べたかった航也からすれば心は既にチャーシューメンを食べる気分でいたわけだからそれが突然担々麺になれば自分が不機嫌になるのは当然だという思いでいっぱいだった。しかし叔父である愛斗の父に「文句を言わずに食え!」と一方的に怒鳴られ泣く泣く坦々麺を啜ったという経験がある。航也はいまだにこのときのことを思い出すと、なぜ自分が怒鳴られたのかがまるでわからない。いくら自分の反省点を見つめようと思っても自分のどこに問題があったのかがまるでわからない。そして最終的に航也は「誰も自分の話を聞いてくれないから」という考え方に着地した。航也からすれば彼らは皆一様に自分のことを過小評価しているように思えてならなかった。

 しかしそれも航也が生まれながらにして理屈っぽい子どもだったからそうなってしまったのかもしれない、と考えると、これはもう、卵が先か鶏が先かという問題のように航也には思えた。航也は子どものころから問題提起の多い子どもであり、周囲を困惑させていた。相手に意味不明なことを言われると理路整然と反論する、ということが航也の常態であった。田舎出身の彼らは豪放磊落ごうほうらいらくな分、乱雑である。そんな中で理屈っぽい子どもは距離を置かれてしまうというのも理論的にわからないでもない。しかし航也からすれば理不尽なことだらけだった。その点、母方の親戚は都会人だからなのか理不尽な目に遭ったことはあまりないが、しかしこちらも自分の話をあまり真剣に聞いてくれていたとは言い難い。成長過程で相手にいちいち議論を吹っかけるのは趣味が悪いことだと学習したため最近ではもうそんなことはしないが、しかしやはり航也は理詰めで、ものを考える習慣のある人間だった。

 もちろん、家族はともかく親戚全員が“そんな人たち”なわけでもない。中には自分の話をじっくりと聞いてくれる者もいる。ただ、普段密接に付き合うのが愛斗を始めとした父方の親戚たちであり、その父方の親戚たちが軒並み“そんな人たち”であるから航也は血の繋がりというものに幼い頃からどこか違和感を覚えていた。しかし航也はその違和感について真面目に考えなかった。それもよくない、と思う。違和感は大切であり、直感もしくは第六感が訴えているメッセージには素直に耳を傾けなければならないということをつくづく思う。もっともそれを思うようになったのはサブリーダーのおかげなのであるが。

 はあ、と、航也はまたしてもため息をつき、腕で目を覆った。

 叔父は出前の記憶などもうとっくに失っているのだろうな、と思うと、航也は細かいことを一つ一つ丁寧に覚えてしまう自分の記憶力にやや恨めしい気持ちがあった。もちろんこの記憶力の良さは日常生活全体において役に立ってはいるものの、同時に嫌なことをいちいち覚えてしまうのがネックだった。そして航也は自分の記憶力は少しばかり機能性が悪いと思っていた。それはよっぽどのインパクトがなければよかったことは忘れてしまうのに、嫌なことは覚えてしまうのだから。もちろんそれだけ嫌なことの方が“インパクト”が大きい、ということでもある。そしてその経験が音楽に役立っているのは確かだった。

 高校生の頃、自作の歌詞を当時の担任であった国語教諭に読んでもらったことがある。すると彼は何作かに目を通したのち感想として「尾崎豊おざきゆたか系だね」と航也に言った。世代ではないが存在は知っているし、曲もちらほら知っているのだが、しかしやはり、世代ではないから尾崎豊の歌詞の傾向が航也にはまるでわからない。それで「どの辺が?」と訊ねたら彼は「不満が多い」と説明してくれた。要するに航也は自分の抱える不平不満を音楽にぶつけていたわけである。客観的にそう認識してから不満の曲ばかり作ることはなくなり、もっといろいろなジャンルの曲を歌詞を作ろうと思うように至った。

 しかしよくよく考えてみれば、そこから自分の音楽人生がかんばしくなくなったということを思い返す。

 高校生のときは、自分の音楽はなかなか周囲からの評判がよかった。わかりやすいところではライヴハウスに出演しても割と人気があったと思う。ただ先生にその指摘をされ、その自覚をし、新しい方向性で曲を作り始めた頃からてんでうまくいかなくなった。客の入りが明らかに悪くなったのだ。なんといっても前回のライヴでは六人しか集められなかったのがそのいい証拠である。

 不平不満の曲の方がウケるのだろうか、と思うが、しかし、航也はいろいろな曲を作りたかった。いろいろな歌詞を書いて、歌いたかった。しかし評判が芳しくない。となると自分の方向性はそっちではないということになるのだろうか、自分は主として人間関係のストレスや社会に対する不満などを歌った方がウケるのだろうかと航也は分析してみるが、しかし“自覚”してしまった以上もはや自然な形で不平不満を歌詞にするのも難しい。改めてそのような曲を作ってみてもどうしても作為的なものを感じてしまう。自分でそう感じてしまう以上、それを発表するわけにはいかないと航也は思っていた。なにより、航也自身いろいろな曲を作れる人になりたいと思っていたのが大きかった。

 いろいろな作品が作れるイコールいいクリエイターである、というわけではない、ということはちゃんと理解していたが、しかし航也が目指しているのはいろいろな曲が作れるクリエイターでありミュージシャンだった。しかしそれで人気が出ないということは、だからこそ自分の方向性あるいは可能性について、もっと真剣に、突き詰めて考えなければならないのだろうと思う。しかし、どうしても壁が突破できない。あと一歩を進めることが、どうしてもできなかった。航也はそれが悩ましかった。

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