3-2
ということをいとこの愛斗に相談してみたら、彼は電話口で「そんなこといちいち気にすんな」と言い放ったため、航也は、ああまたか、と、つくづく学習能力のない自分に嫌気が差した。
「でも気になるものは気になるんだよ」
「あるあるだろ。あるある。いちいち気にしててもしょうがないって」
“あるある”だから“いちいち気にしててもしょうがない”という理屈がよくわからない。
「それはそうだろうけど、やりづらいんだよ」
「なんでそのおっさんとうまくいかないのかっていうその理由がはっきりわかれば解決するだろ」
「相性が悪い」
と言ったら愛斗は鼻で笑った。
「それじゃ理由にならないよ」
いい加減切ろうかな、と、航也は思った。
「ごめん、お母さんに呼ばれてるからもう切るよ」
「わかった。また相談乗るから」
「じゃあ」
「じゃあね」
と言って航也はスマホを切った。
ふう、と、ため息をついてベッドに寝転がる。
そもそも愛斗の方から愚痴があったら聞くよ、悩みがあったら相談に乗るよと言われたから話をしたのにこの始末である。そしてそれはいつものことである。だからこうなってくると悪いのは何度も話をしてしまう自分である。「また相談に乗る」と言われたが、彼が自分の相談に乗ってくれたことなどいまだかつて一度もない。いつも、なにを言っても「そんなこといちいち気にするな」と言うだけだ。あるいは愛斗自身が誰かになにかを相談するという習慣がないからこそ相談相手として相応しくないということなのかもしれなかった。そしてその推測ができているというのに会話の流れに流されて話をしてしまう自分に航也はイライラしていた。
話すことは特にないよと言うと不機嫌そうな表情になることもそれもそれで面倒だった。あるときなど「話したくないのかもしれないけどさ」などと切なげに言われ、そろそろこのいとことの関係性の構築についても改めて考えなければならないと思うのだがどうすればいいのかわからない。親戚として
彼の「なんでそのおっさんとうまくいかないのかっていうその理由がはっきりわかれば解決するだろ」という発言を思い返し、愛斗のようにこんなに単純に生きられたら楽なのだろうなと航也は一方でそう思う。そのこと自体は確かにその通りかもしれないがそれにしても相性の問題以外に理由がはっきりとわからないから苦労しているということがなぜわからないのだろうと思う。そもそも“理由がわかれば解決する”というのも問題を単純化簡略化しすぎだと思うばかりだった。それは明らかに自分の抱えている問題を彼が“ナメている”––––航也にはそう思えてならなかった。
それも自分に原因があるのだろうか、と思うと、航也は複雑だった。
かつて自分は家族親戚の中でなかなかのトラブルメイカーだったことを思う。といってもなにか犯罪行為を行なっていたわけではない。航也からすれば自分が“トラブル”を引き起こしていたのにも理由がある。それは家族親戚が自分の話をろくに聞いてくれなかったことに
しかしそれも航也が生まれながらにして理屈っぽい子どもだったからそうなってしまったのかもしれない、と考えると、これはもう、卵が先か鶏が先かという問題のように航也には思えた。航也は子どものころから問題提起の多い子どもであり、周囲を困惑させていた。相手に意味不明なことを言われると理路整然と反論する、ということが航也の常態であった。田舎出身の彼らは
もちろん、家族はともかく親戚全員が“そんな人たち”なわけでもない。中には自分の話をじっくりと聞いてくれる者もいる。ただ、普段密接に付き合うのが愛斗を始めとした父方の親戚たちであり、その父方の親戚たちが軒並み“そんな人たち”であるから航也は血の繋がりというものに幼い頃からどこか違和感を覚えていた。しかし航也はその違和感について真面目に考えなかった。それもよくない、と思う。違和感は大切であり、直感もしくは第六感が訴えているメッセージには素直に耳を傾けなければならないということをつくづく思う。もっともそれを思うようになったのはサブリーダーのおかげなのであるが。
はあ、と、航也はまたしてもため息をつき、腕で目を覆った。
叔父は出前の記憶などもうとっくに失っているのだろうな、と思うと、航也は細かいことを一つ一つ丁寧に覚えてしまう自分の記憶力にやや恨めしい気持ちがあった。もちろんこの記憶力の良さは日常生活全体において役に立ってはいるものの、同時に嫌なことをいちいち覚えてしまうのがネックだった。そして航也は自分の記憶力は少しばかり機能性が悪いと思っていた。それはよっぽどのインパクトがなければよかったことは忘れてしまうのに、嫌なことは覚えてしまうのだから。もちろんそれだけ嫌なことの方が“インパクト”が大きい、ということでもある。そしてその経験が音楽に役立っているのは確かだった。
高校生の頃、自作の歌詞を当時の担任であった国語教諭に読んでもらったことがある。すると彼は何作かに目を通したのち感想として「
しかしよくよく考えてみれば、そこから自分の音楽人生が
高校生のときは、自分の音楽はなかなか周囲からの評判がよかった。わかりやすいところではライヴハウスに出演しても割と人気があったと思う。ただ先生にその指摘をされ、その自覚をし、新しい方向性で曲を作り始めた頃からてんでうまくいかなくなった。客の入りが明らかに悪くなったのだ。なんといっても前回のライヴでは六人しか集められなかったのがそのいい証拠である。
不平不満の曲の方がウケるのだろうか、と思うが、しかし、航也はいろいろな曲を作りたかった。いろいろな歌詞を書いて、歌いたかった。しかし評判が芳しくない。となると自分の方向性はそっちではないということになるのだろうか、自分は主として人間関係のストレスや社会に対する不満などを歌った方がウケるのだろうかと航也は分析してみるが、しかし“自覚”してしまった以上もはや自然な形で不平不満を歌詞にするのも難しい。改めてそのような曲を作ってみてもどうしても作為的なものを感じてしまう。自分でそう感じてしまう以上、それを発表するわけにはいかないと航也は思っていた。なにより、航也自身いろいろな曲を作れる人になりたいと思っていたのが大きかった。
いろいろな作品が作れるイコールいいクリエイターである、というわけではない、ということはちゃんと理解していたが、しかし航也が目指しているのはいろいろな曲が作れるクリエイターでありミュージシャンだった。しかしそれで人気が出ないということは、だからこそ自分の方向性あるいは可能性について、もっと真剣に、突き詰めて考えなければならないのだろうと思う。しかし、どうしても壁が突破できない。あと一歩を進めることが、どうしてもできなかった。航也はそれが悩ましかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます