第26話 ニチアサにゾンビは出てこない。……よな?
「いよーしっ! 行くぞぉーっ!」
やけっぱちを起こした俺の号令に、二人は「「おー」」と応えてくれた。
結局、加護は額へのキスで片が付いた……最初からそれでいいと分かってたらあんなに躊躇しなかったのに……っ! でもあれな、デコチューもけっこう緊張するな! なんで俺は日本人なんだろう! 外国人だったらスマートにできるんだよなこういうのって?! 知らんけど!
「額へのキスは“祝福”の意味があるらしいから、ちょうどいいじゃない?」
「ギリギリまで言わなかったこと恨んでるからなベスター」
「ヤダ、恨まないでセイリュウちゃん! まさか本当にしっかりキスしなきゃって思ってるとは思わなかったのよ! お願い許して~!」
「いででででででっ! ハグというかもはや鯖折り!」
呆れ顔のハンクスの溜め息によって俺は解放された。
それからハンクスの剣、ベスターの短剣と弓矢、それぞれにも加護を与えて、準備が整う。俺はベスターに背負われた。おんぶなんていつ以来だ……?
「じゃ、セイリュウちゃんはしっかりアタシに捕まっててね」
「うーっすっ!」
「――来た」
ハンクスの静かな声が霧の向こうから聞こえた。
それから、恐ろしい呻き声が……ああ~背筋が粟立つ! 気持ち悪い! 最悪だ! 俺は思わずベスターの背にしがみついた。情けないとか言ってられるかチクショウ!
「行くぞ!」
「ええ!」
俺はもうすべてを二人に任せて目を瞑った。どうせ開けててもこの霧じゃろくに見えなかっただろうけど。
ハンクスは気配と殺気を読むとかなんとか超人的なことをやっているそうだ。ベスターは魔法で霧を透かして見ているらしい。そういう簡単な(?)魔法に関してはかなりのレベルで扱えるとかなんとか。
いやー、魔法って便利だなぁ。俺にも使えないかな。せっかく異世界に来たんだし、そういうのやってみたいよな。そういや、ヒジリオの加護は魔法に近いものだってさっきベスター言ってたし、もしかしたら使えんじゃね? あとでベスターに魔法の使い方を教えてもらおう――
――なんて考えてるのは、瞼の向こう側から聞こえてくる肉が引きちぎれる音とか断末魔の叫びとか、そういうのから気を逸らすためですよ! マジで無理! スプラッター映画も嫌いなんだ俺は! いつもこうやって目を瞑って観てます! それは“観てる”の内に入らないって言いたいんだろ俺もそう思う! でも無理なもんは無理なんだ!
「もうちょっとよセイリュウちゃん! がんばって!」
ベスターがそう言ったのがかろうじて聞こえた。が、俺の頭の中はどちらかというと『がんばえー! はんくすー! べすたー!』だ。がんばるのはお前らだよ頼むぞマジで!
「壁を抜けるぞ!」
ハンクスの声が聞こえた、次の瞬間。
「うっえ」
ガーゼが掠めたような感覚が全身を一撫でしていった……なんだったんだ今の。きっもちわる。
「見つけた! 屍術士だ! ベスター、撃てるか!」
「まっかせて――と、言いたいところだけど、さすがにセイリュウちゃんを背負ったままだと無理ね!」
「……んっ? あっ、俺?!」
突然名前が出たからびっくりした。
「セイリュウちゃん、一旦下ろすわよ」
「あっ、うんっ!」
問答無用で下ろされてまぁ俺も素直に下りたしすっかり勢いに押されて忘れてて目を開けちゃったけどさ。
まさか霧が晴れているとは思わねぇじゃん?
薄暗いのは曇天のせいだ。太陽光が届かない曇り空の下――
――前方から円陣を組んで迫ってくるゾンビの群れ。
溶けたようになってへばりついている肉。濁った色の骨。目玉の落ちた穴。声帯を雑巾絞りしたような声。
「ヴオァァアァァァァアアアア」
「オォゥゥゥゥアァァァァオアァオ」
「うぅえっ……」
目の前がくらりと揺れた――……かろうじて気絶だけはしなかった! ハンクスが片っ端から洩れなく斬り飛ばしてくれているからだ。ありがたい……腰は抜けたけどな!
「さぁて、片付けましょうかね――っと」
ベスターが矢をつがえ、きりりと引き絞る。狙っている方を見てみると、そこは墓場らしく、石碑のようなものがたくさん並んでいた。(その周辺の土がぼこぼこめくれあがっていることに気が付いたが気が付かなかった振りをする。ゾンビの貴重な誕生シーンなんて誰が見たいんだよ……。)
その内の一つ、少し高いところに並んだ墓碑の上に、小さな人影が立っているのが見えた。
「まさか……ピット?」
「違うわよ。あれは屍術士。悪魔の一種で、人の死体を使役するの。――ヤダッ、躱された!」
ベスターは高らかに舌を打って、次の矢をつがえた。
「案外すばしっこいわね……」
言葉の通り、その小さな影はチンパンジーみたいに墓碑から墓碑へと跳び回っている。かなり身軽そうだ。
「どうにかして足止めできればいいんだけど」
「ほんなら、この天才魔術師ピット様の出番やな!」
この状況に陥らせた張本人であるはずの声が、俺の真後ろから朗々と響いた。
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