第24話 アスファルトに咲く花は実は打算的だって聞いたことある。
俺はゾンビが嫌いだ。
どれぐらい嫌いかというと、友人の家にあったゾンビ退治物のゲームソフトを反射的に叩き割ってしまったことがあるくらいに、嫌いだ。(後にきちんと弁償した。セーブデータと一体型のソフトでなくって良かった……。)
RPGでよく出てくるアンデッド系の敵は、間違いなくオーバーキルだと分かった上で、その時点での最大火力で叩きのめした。
金曜の九時からその手の映画が放送されようものなら、その日の八時には就寝した。
学校でその手の話題が出ようものなら、そそくさと場を離れた。
ゾンビが原因で彼女と別れたこともあるぐらいである。
なぜこんなにも嫌いなのか。
冷静に考えたことはなかったが……まず単純に、グロイ。グロイものもそこまで得意ではないんだ。モンスターをハントするくらいなら大丈夫だけど、R18レベルのグロさにはちょっと耐えられない。
次に、倫理的な問題。というとなんだかカッコよさげに聞こえるけど、内実はシンプルなものだ。なぜ死体をわざわざ動かす必要がある? 最初に死体を動かそうと思った奴、誰だ。正直に名乗れ。そしてそこへ直れ。然るのち死ね。もう死んでるかもしれないけど死んでいるなら想像してみろ、ぐずぐずに腐った自分がべたべた歩き回って誰彼構わず生者に噛み付く姿を! 怖いじゃん! やだよ俺死んだあとそんなことしたくないよ! 無理! あーもう火葬文化万歳! 日本人で良かった!
なお、ウィルスによるゾンビへの変異についてはマジで論外だ。もう意味分からん。分かりたくもない。なんで未知の病原体でそんなことになるの? は? どうしろってんだよそんなの。キレていいか?
とまぁ、そんな俺が――
――まさか、リアルにこの目でゾンビを見る羽目になろうなんて!
「う……」
「あ、セイリュウちゃん?! セイリュウちゃん!」
「うぅ……?」
「大丈夫?! 起きてちょうだい!」
呼ばれるままに目を開ける。
と、目の前には血まみれの男の顔が!
「うわあああああああああああっ!」
「落ち着いてセイリュウちゃん! アタシよ、アタシ!」
男は汚い布で顔を擦った。血とか謎の液体とかなんかそういうものが拭い取られて、体格のわりに小さい塩系の顔が出てくる。
「……なんだ、ベスターか……」
「そうよベスターよぉ。正気に戻ってくれて嬉しいわぁ」
ショッキングピンクの髪はヘドロっぽい液体でひどく汚れていた。
「起きてくれたタイミングもバッチリね。悪いけれど、一仕事お願いするわよ」
「仕事?」
「そ」
地面にそっと下ろされる。辺りは相変らず濃い霧に包まれていて、というか俺が気絶する前よりも濃くなっていて、ほんの少し先の事すらほとんど分からなくなっていた。
「ここよ。ほら、ゆっくりしゃがんで」
言われるがままにしゃがむ――
――思わず、息を呑んだ。
「ハンクス?!」
服も体も血まみれボロボロのハンクスが力なく目を閉じて倒れていた。
「本当に辺境の騎士ってのは強いのねぇ。セイリュウちゃんが倒れてる間――ざっと一時間くらいかしら? 数分おきにやってくる死者の大群をほとんど全部一人で倒しちゃったんだから。アタシはセイリュウちゃんを抱えて逃げるのに手一杯だったから……さっきの襲撃が六回目で、一回につき五十くらいはいたから……三百? ぐらいは倒したのね、一人で。――さすがに力尽きたみたいだけど」
「ひえ……ハンクス……」
何を求められているかは言われなくても分かったし、そうしようと思う前に涙が出てきた。反射的に拭おうとしたのを抑えこんで、代わりにハンクスの手を取る。
涙が頬を伝って、落ちた。
瞬間、銀色の光の粒がキラキラと輝きながら広がって、
「――ん、ぐ……」
「ハンクス!」
「けほっ……ああ、セイリュウか……」
軽く咳き込みながら、ハンクスが上体を起こした。
「だ、大丈夫か、ハンクス……?」
「ああ、おかげでな。……だから、もう泣かなくていいぞ」
「ひぐっ……うぅ、うん……」
「ホラホラ、もう平気よ~。ハンクスちゃんは丈夫だから、ね」
ベスターの指先が俺の涙を掬い取った。
すっげぇ小さい子どもに戻った気分だ……恥ずかしっ。
「さて、セイリュウが起きたなら反撃と行こう」
「そうね。これ以上はやってられないわ」
一度立ち上がったハンクスが、俺の前に片膝をついた。真剣な面持ちだ。
ベスターもその隣で同じようにした。こちらはニヤリと笑っている。
「ヒジリオの力、貸してもらおう」
「よろしくね、ヒジリオちゃん」
うーん、何をさせられるのか分からないけど、ゾンビどもを一掃できるなら協力しないわけないよな!
俺の決意はこの数分後には翻るのだが、今はまだ純粋な俺ははっきりと頷いたのだった。
「わかった、何でもするよ!」
「言ったな」
「言ったわね」
「え?」
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