財閥令嬢、言葉幸子

第7話

 色は匂へど散りぬるは浅草の私娼窟。

 とある小さなビルヂングの洋室にその女はいた。

 機関ジュークボックスから流れるジャズと、ダーツ台や三文雑誌の詰まった本棚など部屋を埋め尽くす雑多な品々に囲まれながら、紫煙の燻る室内で行儀悪く両足を机に投げ出す彼女は奇麗な碧眼を細くしていた。


 仕立ての良い白いのドレスの袖口から伸びる陶磁器のように白く美しい左手には、今朝届いたばかりの新聞が握られている。

 古ぼけた機関ランプの明かりに照らし出される記事には、最近になって帝都で起きている美女連続猟奇殺人事件のあらましが書かれていた。


 内容はこうだ。


 前回はバラバラにされた美女の身体が風船に括りつけられて帝都の空に飛ばされ、今回は百貨店のショーウインドウにマネキンの代わりに美女の死体が置かれていた。

 腸をアクセサリーに見立てて悍ましく装飾されていたという。

 いずれも犯行の証として”赤サソリ”と名乗る者が『我が神に捧げ奉る贄である』と書置きを残しており、警察は赤サソリなる狂人の正体を目下最優先で調査中であるとのこと。人々の安心のために、一刻も早い解決を望むものである。


「hmm……」


 唸る声に合わせて、鮮やかなプラチナブロンドの長髪が揺れ動く。

 新聞を手放して屑ホップから造られた三流のエールの壜を傾ければ、アルコールの臭いと過剰なまでの苦みが思考をクリアにして、彼女の灰色の脳細胞をにわかに活気づかせていった。


「I've decided you're next」


 磨かれた瑪瑙のような艶やかさを帯びた唇が三日月に歪む。

 カラカラと虚ろな音を立てて回るシーリングファンが、不穏な影を室内に落としていた。

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