夏は恋の季節と言うけれど。
リオン
第1話
――人間と恋なんて、縁遠い話だ。
早口でまくしたてられる話を聞き流しながら、俺はそう思った。
俺は、魔法使いだ。……やかんをガスコンロにかけて湯を沸かしているが、誰が何と言おうと魔法使いだ。
「先生、聞いてます?」
少しセンチメンタルな気分になっていたのは、この女のせいだろう。彼女が「夏は恋の季節ですよ!」だの「先生みたいな恋人がほしいですー」だのと延々と語るものだから、その熱に浮かされただけ。深い意味はない。
ここ最近、この浮かれた小娘は子どものころとは違う視線を向けてくる。いくら人間との交流を断っている俺でも、さすがにその意味はわかる。どうせ、一時の気の迷いだ。人間の心はすぐに変わる、それこそ移ろいゆく季節のように。
「あぁ」面倒になって、手を振った。「聞いてるとも」
「それ、ぜったーい聞いてないリアクションですね」
明らかにむくれた。こうなると女という生き物は面倒くさい。五百年生きてきてぼんやりとわかったことだ。このままだと埒があかないので、自分のおやつ用に買っていたケーキを出してやった。途端に不機嫌なオーラは吹き飛び、ケーキを持って飛び跳ねない勢いで喜んでいた。
本当に、表情がコロコロと変わる。
そうして、彼女がケーキを食べ終えたころ。遠くで何かがぶつかるような音がした。棚にあった小物類が揺れる。彼女は顔を上げ、不思議そうに窓の外を見た。
「なんでしょうか?」
「知らん」
そろそろ湯が沸くだろうか。マグカップとティーパックを棚から引っ張り出す。
明らかにむくれている。俺はため息をついた。
「気になるのならば、君が見に行けばいい」
「もー、またそんなことを言って。ご近所に嫌われますよ」
そう嘆かなくても、もう嫌われている。
現代社会において多数派の人間にとって、俺たち魔法使いは異物だ。魔法を使う。ただ、違う点はそこだけだ。感情も、見た目も、五感も、全部、人間と同じ。なのに平然と石を投げ、迫害する。
今は法が整備され、表面上はそういったこともなくなった。
俺が魔法使いであることは、周りの人間にはバレている。彼らの前で魔法を使ったことはない。が、魔法使い特有の特有の老いにくい体質でわかったらしい。だから、丘にある家には誰も近づかない。
俺が直に面倒を見ているこの少女以外は。
不意にドアが荒々しく開いた。魔法使いがいるとはいえ一応、民家なんだが。俺は眉をひそめ、玄関を見た。
飛び込んできたのは男だった。
とにもかくにも見た目がひどい。シャツやズボンは破け、皮膚も裂け、血がにじんでいる。額が切れて出血している。俺は嫌な予感がした。彼女も言葉を失っている。
「頼む!」
男は滴り落ちる血も構わず、頭を下げた。
「娘を助けてくれ!」
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