第42話 スッとして甘い
毎日食事を摂っているはずなのに、何だか久しぶりに感じる居間の中。
アーネスが声をかけてくれたおかげで、俺のメンタルも持ち直しつつあるのかもしれない。
そんな彼は、ミナにはもう話を通していたらしい。
聞いてみたら、ああ、あれねって感じで馬車の出る場所を教えてくれた。
同時にいろいろな物が詰まった鞄も手渡されたので、今はその中身を確認中だ。
「この紙包みは?」
「ポクテーの薬飴。余り物だけど、スッとして甘いわよ」
ここ一年で気付いたのだが、ミナは飴作りが趣味らしい。
それもただの飴ではない、薬飴なんてものを作るのが。
これがミナの特技とか、そういうのなんだろうか。
「すり傷や荒れた肌の治りを早めるから、今後アーネス君に会う時は持っておきなさい」
「え、ああ……なるほど」
そう言えば、ここ一年の間、週一でアーネスに血をあげていたら、親指がボロボロになってきていたのだった。
その通りの効果があるとするなら、とてもありがたい。
ミナは、本当によく俺のことを見ているな。
たしか、前にくれた薬飴は吸血衝動を抑えるヤツだったか。
もしかすると、薬飴はちょっとファンタジーな効果を持っているものなのかもしれない。
この世界で一般的なものだとするなら、そのうちダイアーの冒険譚にも出てくるのかも。
「……ところで、パパは?」
「ダイアーは……まあ、仕事中ね」
今、ちょっと濁したな。
まあ、俺もダイアーには酷いことをしてしまった自覚はあるし、別の理由があってもいしょうがないか。
……俺だってまだ、まともに顔を合わせられるかどうかも、わからないしな。
「ああそうだ、今日の遠出だけど」
「うん」
「私は付いていけないから、代わりの人を雇っておいたわ」
「代わりの人?」
「簡単に言えば、護衛ってやつね」
ほう。まあそりゃあ、子供二人で行かせるわけないよな。
この辺りの治安はまだわからないが、仮にここが日本だったとしても、子供二人だけでおつかいに行かせるのは危ないと思う。
そういうときには、何らかの保護者か番組スタッフをつけておくべきだ。
この辺りでは、雇われの護衛がそれに当たるんだろう。
「もう家の前に来ているし、今ちょうど、アーネス君が話しているはずよ」
「そうなの?」
護衛と話を付けているとは、アーネスもなかなかやるじゃないか。
依頼内容の確認とかしているのだろうか。
だとしたらちょっとかっこいいし、ちょっとズルいな。
「私も行ってみていい?」
「どうぞ。ただし、馬車の運賃の話がまただから、また戻ってきてね」
荷物の確認は大方終わったし、護衛の人にも会ってみたい。
ミナの許可も得られたことだし、ちょっとだけ覗いてみるか。
ふむ……せっかくだし、最初はこっそりいこう。
万が一怖い人だったら失礼の無いように行かないといけないしな。
そう思って、玄関のドアに手をかけ、少しだけ開いてみる。
「おいノエル! やめろ!」
「えーいいじゃんべつにー」
「やめとけって! レーダが見たらどうするんだ!」
「ははは……」
……カオスだ。
アーネスとノエルが謎の人物を中心に、何やらグルグル回りながら言い争いをしている。
なんてことだ。万が一失礼があったらなんて考えていたけど、すでにノエルが大変失礼している。
アーネスもそれを止めようとしているようだけど、下手にノエルを追いまわしているせいで謎の人物が大回転の軸になってしまっている。
これは失礼が過ぎないか。護衛っぽい謎の人物は大丈夫なのか。
「んん?」
そう思って、護衛の方を見てみたら、物凄い違和感が湧き出てきた。
高身長なシルエットに、丈の長い黒コートと黒フード。
その男性(?)は手袋や靴まで含めた全身に黒を纏っていて、挙句の果てにはサングラスっぽいゴーグルや口元に黒いスカーフまで身につけている。
なんというか、怪しい。怪しすぎる。
中学二年生辺りの男子が好きそうな恰好だが、それ以前に異様すぎる。
「ねえ護衛さん! 私も連れてってよ!」
「ダメだよ。危ないからね」
「えー! 一人増えたって対してかわらないでしょ!」
「その場合、君から依頼料をもらうことになるよ?」
「うっ!」
おや、意外と口調は優しいんだな。
聞きなれないが、なんとなく安心感のある声だ。
ノエルのわがままにも屈しない強靭さもお持ちのようだし、信頼はできそうかな……?
ひとまず、準備ができたら声くらいはかけてみるか。
***
馬車に揺られて数時間。
腰とおしりに負担を感じてきたころ。
「レーダ。王都が見えてきたぞ」
アーネスが小声で伝えてくれた通り、進行方向に街が見えてきた。
正直、乗り合い馬車の居心地は悪い。
狭い天幕の中に8人がすし詰めになっているようなものだから、はっきり言って、息が詰まる。
俺の席は一番前で、となりに護衛の人、真正面にはアーネスって感じだから、まだマシな方ではあるんだろうけどさ。
こうも息苦しい感覚が続くと、前世の自分が人見知りだったってことを思い出してしまうね。
全然笑い事じゃないんだけどさ。
「大丈夫か……?」
「う……」
あと、問題はもう一つある。
考えてみてほしい。
現代に走るサスペンション完備の車両に比べて、この世界の馬車は酷く不安定である。
車輪にゴムチューブなんてついてないし、道もアスファルトで舗装されてなんかいない。
その上、村から王都までは数時間の道のりだ。
息の問題とか、人見知りのせいでとか言い訳もできるけど、はっきり言おう。
「うええ……」
吐きそうなのだ。
「もう少しだから耐えてくれ……」
アーネスは気遣ってくれているが結構限界が近い。
現代日本の乗り物に慣れた精神にはきつすぎるのだ。
むしろ今までよく耐えたと思う。
だからもういいんじゃないか? そろそろ楽になってもいいか?
いいよな、もういいだろ……もう……
「これを」
聞きなれない声。
一瞬、誰の声かわからなかったけれど、その籠り具合とかでわかった。
すぐ隣に座る、護衛の人が俺に何かを差し出してくれていた。
「これは……?」
まさかエチケット袋かと思ったけど、そんなことはなかった。
軽く握られた手袋の上には、小さな紙包みが乗っている。
見覚えがあるような、丸っこいつつみだ。
「酔い止めだよ。少なくとも、食べている間は楽になるはずだ」
ほう、そんなものがあるのか。
だったら乗り始めに欲しかった……って言いそうになったけど、多分、酔い始めてから飲まないといけないタイプかもしれない。
そういうことならありがたく受け取ろう。
というか、今すぐ飲まないとまずい気がする……
「あ、ありがとうございます……薬にしてはちょっと大きいですね?」
包み紙を開いてみると、光沢のある、深緑色の球体が出て来た。
錠剤って感じはしない。言い表すなら……丸薬だろうか。
正直、喉に詰まりそうな大きさをしている。
俺みたいな女児に、丸のみは厳しそうだ。
「薬というより、飴だからね」
「あ、なるほど」
ということは、薬飴か。
いろんな種類があるんだな。
ともあれ、これ一つで酔い止めになるなら、ずいぶん楽になるだろう。
「では……ん」
舌の上で転がしてみると、口の中に清涼感が広がった。
言い表すなら、ハッカ飴に近いだろうか。
あれよりも少し、草っぽい味がする。
人によって好みが分かれそうだが、なんだろう、この感じ。
安心感があるというか、気持ちの落ち着く味をしている。
もしかするとそういう効果なのかもしれないが、とにかく、こういう味は嫌いではない。
形容するのは難しいが、そう、言い表すなら……
「スッとして、甘いですね」
妙にしっくりくる言い回しが見つかって、自分で口に出してみたら、何だか少し引っかかってしまった。
どこかで聞いた表現が、ピッタリハマっていたからだろうか。
「それはよかった」
そう言えば、結局家を出た後もあまり会話ができなかったけれど。
この護衛さんは、結局何者なのだろう?
ダイアーかミナの知り合いか?
「……?」
どうして、薬飴からそこまで思考が進んだのかはわからない。
なんとなく何かを確かめなくちゃいけない気がしてきたけど、その前に。
「……着いたね」
石造りの城壁の近くで馬車が止まって、御者さんが合図をかけてしまったから。
思考を脇に置いてしばらくしたら、確認したいことも、思い出せなくなってしまった。
=====
おしらせ
今更にはなりますが、36~38話で描写した、神様の名称を変更しました。
旧:陰陽神 → 新:黎明神
お知らせが遅れ、混乱させてしまっていたら申し訳ありません。
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